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The Blitz(ザ・ブリッツ)
1940年9月7日から1941年5月10日までの約8カ月間、イギリスはナチス・ドイツから激しい爆撃を受けた。
「ロンドン大空襲(ザ・ブリッツ)」の名で知られる大規模な空襲である。
空襲で亡くなった民間人の数は43,000人以上にのぼり、100万人以上が家を失った。
数百万人の市民は、防空壕や家に身を寄せ合って空襲に耐え忍んだが、それでも空襲を早期警告したり、市民軍に加わったりして、自国に貢献した。
空襲がイギリス中の多くの都市や町に行われる間、ロンドンへの連続57日間に及ぶ夜間空襲から始まった。
ロンドン市民は空襲を避け地下へ潜り込んだ。
地下鉄の駅構内が人々の避難所となった。
ドイツ空軍の大規模空襲を受けた都市はロンドンだけにとどまらず、他にもバーミンガム、ブリストル、マンチェスター、ベルファスト、シェフィールド、リヴァプール、ポーツマス、プリマス、サウサンプトン、カーディフ、コヴェントリー、エクセター、スウォンジ、ノッティンガム、ブライトン、イーストボーン、クライド湾岸の都市など、多数の都市が焼き払われた。
アドルフ・ヒトラーの狙いは、英国民の不満を高めて政府の士気を低下させ、降伏に導くことだった。
英国空軍は粘り強い反撃で応戦、同時に東部戦線へ意識を向ける必要に駆られたドイツ軍は、翌年41年5月に作戦を中止して撤退、英国の勝利で幕を閉じた。
戦争が終結するまでドイツ空軍は、大規模な空襲には至らなかったものの、小規模な襲撃を継続し、5万1509名の民間人が被害を受けた。
(空爆後のセント・ポール大聖堂)
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