3.一月二日、三日(12)

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3.一月二日、三日(12)

 隆人に頭を撫でられる。 「本当に可愛い奴だ。愛してる、遥」  遥の頬がぼっと熱くなった。 「お、俺も……あい、してる」  隆人が髪にキスを落としたのがわかった。遥はぎゅっと目をつぶる。 「どうやったらあんたにふさわしくなれる? あんたが恥ずかしく思わずに、あんたの横に立てるんだ? あんたのことが好きなのに。愛してるのに。あんたは先に行きすぎていて、どうしても追いつけないっ」 「弱気などお前らしくもない」  隆人の腕が緩み、遥は隆人の胸から離れ向きなおった。隆人が微笑んでいた。 「そのままでいい」  言いつのろうとする遥の口を隆人の指先が押さえた。 「鳳であることから逃れられない俺を対等に扱ってくれるのはお前だけだ。当主としてでもなく、社長としてでもなく、ただの人間として好きだと言ってくれるのはお前だけだ。そういうお前だから愛しているんだ。だからお前が必要なんだ、遥」  全身から力が抜けた。隆人の腕にまた抱きこまれる。遥は隆人に身を任せ、ぽつっとつぶやく。 「本当に、痛いところを突いてきやがる」  そのまま隆人に抱かれていた。触れあう隆人の体の厚み。首筋の温もり。息をするたびに感じるほのかなシャンプーの香り。自分のものだと思っている。誰が何と言おうと、この男はすべて遥のものだ。  感情の風に煽られていた遥という一枚の葉がゆっくりと舞い降りてくる。  気がつくと呼吸が楽になっていた。隆人の手が髪を撫でている。 「落ち着いたか?」 「ああ……」  イメージの中の葉を受けとめたのは、隆人の手のひらか。  遥はそっと隆人から身を離した。それからその目を覗き、自分から唇を合わせた。 「遥」  たまりかねたように隆人が遥の体を再び掻きいだこうとするのを、遥は押しとどめた。 「何だ」  隆人が顔をしかめる。遥は隆人を上目にちらっと見た。 「さっき、言ったよな?」 「何を?」 「『そのままでいい』って、言ったよな、さっき?」  隆人の顔が渋い顔でうなずく。 「ああ」  遥はにやっとうなずき返す。 「覚えているならいい。ずっと忘れないでいてくれよな」 「俺に脅しをかけるのか」 「脅し? 冗談。そんなことするわけないじゃないか」  遥はいっそうにこにこしてみせる。隆人が舌打ちした。 「初めてお前に言質(げんち)を取られたな」  遥はそれには何も言わず、隆人の頬にキスをした。  遥は隆人の隣に座りなおした。 「で、何で新年早々、しかも夜に掃除をしているんだ」  隆人が脚を組みかえる。 「加賀谷の新しい年は年越しの儀が無事終わって初めて明けたと見なされる。それではいろいろ区切りが悪いので、便宜上年越しの儀が終わった翌日から数える。今回の場合は明日一月四日だ。つまり今日は大晦日。明日の元日に向けて急いで大掃除をすませなくてはならない」  思わず訊きかえす。 「でも『あけましておめでとう』って言われたぞ」 「それは俺たちが年を明けさせた当人だからな。俺たちのまわりはもう新年だ」  釈然としない遥に、隆人が肩をすくめた。 「それに四年ぶりの新年だから、少しでも早く『おめでとう』と言いたいのだろう」 「はあ?」  語尾が跳ね上がってしまった。 「新年は毎年くるだろう? でなければ『年』じゃないぞ」 「鳳だけでは年越しの儀はできない。だから母が亡くなって以来、ずっと加賀谷に新しい年は来ていなかった」  虚をつかれた。 「え? でも隆人は毎年ここへ来ていたいたんだろう?」 「来ることは来ていた。禊ぎもしていた。だが年越しの儀の形はなしていない。ただ、鳳が潔斎していたと言うだけだ」  隆人の答えは淡々としていた。  遥の頭の中に、鳳凰の間、空の鳥籠の前で一人過ごす隆人の姿が浮かんだ。その四日間は隆人にとって死ぬほど退屈だったことだろう。  遥という仮の凰が行方をくらましていたために、常に多忙な隆人が無為な時間を過ごしていたと思うと、わずかな罪悪感と同時に奇妙な喜びが生じた。意地悪い微笑みがこみ上げそうになり、それをこらえる。  じろりと隆人ににらまれた。 「今のお前の悪鬼の如き微笑みを、世話係を始めとする一族郎党に見せたら、さぞ嘆き悲しむだろうな。とんでもない奴を凰にしたと」  どうやら笑みは隠してきれていなかったらしい。では取り繕っても仕方がない。 「そんなの先刻承知だろ? 俺の捻くれた性格は折り紙付きだ。今更何を言ってるんだよ」  隆人が苦笑する。 「そういう開き直った態度までかわいく思えるのでは、俺は重症だな」 「根性悪に惚れてる俺の方が救いようがない」  隆人が声をたてて笑った。 「何だ。似たもの同士か」  遥も楽しくなる。 「いいな、それ。似たもの夫婦ならぬ、似たもの鳳凰。無敵だぜ、きっと」 「確かに強そうだ」  くすくす笑いあいながらキスをする。  隆人の手が遥の体を撫でまわし始めた。 「もう訊きたいことはないか?」  触れられる快感に思考能力が速度を落としている。 「ないんだな」  喉元でささやく隆人の髪をつかんで引っ張った。 「考えてるんだから、ちょっと待てよ」  隆人の唇が離れた。 「では十数える間に考えろ」 「隠れん坊じゃあるまいし」  遥がぶつぶつ言うのを遮るように、隆人が本当に数えだした。 「一、二、三……」  焦らせようという作戦なのだろうか。顔をしかめて、頭の中を整理する。不意にあることを思いついた。 「訊きたいことが、あったぞ」  隆人のカウントは八で止まった。
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