4.一月四日(4)

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4.一月四日(4)

 車は敷地を出る際、左折ではなく右折した。行き先は瑞光院だ。徒歩で行ける距離なのですぐに到着した。  駐車場は墓参りに訪れた人々の車で混んでいた。どうもこのあたりの人々は正月には神社ではなく、墓参りに来るものらしい。もっとも加賀谷本家のために専用駐車場が用意されている。その場所へ遥の乗った車ともう一台は停まった。  基の開けたドアから遥が降りると、すぐに加賀谷の凰に気がついた者がいた。 「あけましておめでとうございます」  深々と頭を下げられ、遥はにっこりと笑い返す。 「あけましておめでとうございます」  一族ではないのかも知れないが、もとは加賀谷の流れを汲む者が多いこの地では加賀谷本家の動向が伝わっているらしい。視線やささやきに囲まれて遥は墓所へ足を向けた。  上っていくときにも、人々が遥に挨拶をする。遥はそれに丁寧に応じた。  左隣で遥のガードをしている則之に小声で言う。 「こんなに注目を浴びているんじゃ、父さんのところだけというわけにはいかなそうだな」  則之が遥を見る。 「御本家のお墓まで上られますか?」  うなずいた。 「行く。ま、年越しの儀を無事に済ませた報告をすると思えば、な」 「はい、かしこまりました――聞こえたな、湊」  則之が前を上っている湊の背に声をかける。湊は振り向きもせず「はい」とだけ答えた。  遥の右斜め後ろにいた喜之が背後の諒たちに遥の意向を伝えた。父の墓へ続く小径の前を素通りし、遥たちは墓所の頂を目指した。  本家の墓のまわりに人がいるのがわかった。湊や則之のようすが変わる。にこやかなであるのに緊張を感じる。それが遥を守るための警戒ゆえだと気がついたのは、墓の側の人物がこちらに気がついたときに湊と則之が微妙に位置を変えたからだ。二人は遥を隠すように動いたのだった。  上ってくる一行にまず気がついたのは女の子だった。小学校低学年くらいか。 『お母さん、本家の方が見えたみたい』  そんな言葉が聞きとれた。  掃き掃除をしていた人物が振り向いた。そして目を丸くし、慌てて子どもたちを手招きして墓の前を開けた。そして箒を横に置き、頭を下げた。墓のまわりにいたのは、遥も顔を知っている樺沢家の女性とその子どもたち二人だった。三人は墓のまわりの掃除をしてくれていたのだ。  桜木が警戒を一段階緩めたのは、親子が遥に気を取られている隙に周囲に異常がないことを確かめてからのようだった。 「あけましておめでとう存じます」  母親が言うと、子どもたちもそれに倣って声をそろえた。 「あけましておめでとうぞんじます」  遥は子どもたちの前にしゃがんで顔をのぞいた。 「あけましておめでとう。いつもここをきれいにしてくれているのか?」  遥たちに気づいた女の子と、それより年下らしい男の子が互いの顔を見ながら、もじもじする。その頬には恥じらいの赤みが上ってきている。 「交代でお世話をさせていただいております」  子どもたちに代わって女性が答えた。 「ありがとう」  遥は二人に言い、立ちあがって女性にも言った。 「どおりでいつ来てもきれいになっていると思ってました。ありがとう。これからもよろしくお願いします」 「もったいない仰せ、身に余る光栄でございます」  深々と頭を下げられた。子どもたちもまた母親をまねてぺこっと頭を下げた。  きれいに整えられている墓に遥は手を合わせる。 (どうか隆人と、隆人が守りたがっている加賀谷の人々をお守りください)  同じ願いを三度繰り返した。流れ星への願いではないが、その方が思いがこめられそうな気がした。  姿勢を直して、墓石を見上げる。ここに眠る人のすべてが隆人とつながりがあるのだと思うと、とても不思議な気がした。遥を閉口させるあの定めを考えた人もここに眠っているのだ。  ゆっくりと振り返った。  丘のふもと一帯は隆人が守ろうとしている人々の住まう土地だ。  遥の視界にはこの地の人が多く働く加賀谷精機の工場が見える。ひときわ多くの木々に囲まれた一帯は本邸だ。その表の部分だけがここからわずかに見ることができる。あそこには遥を凰として仕えてくれる人々が今も忙しく立ち働いているだろう。  風がなく、穏やかな新年だ。人の少ないここはとても静かだ。鳥の鳴き声が林の方から聞こえてくる。  いいところだな――素直にそう思えた。  十分に辺りの景色を眺めた後、まだ掃除を続けるという三人に見送られて、遥たちは丘をくだった。  中腹にあるあの小径で左に折れた。そこで遥は足を止め、振り返った。 「しばらく一人にしてもらえないか?」  則之がうなずき、他の五人に指示を出した。すぐに父の墓所の周りに散る。できるだけ遥の妨げにならないように考慮し墓からは離れつつも、要所は押さえてくれているようだ。  遥は父の眠る墓の前に立った。  凰の家族の眠る墓も樺沢の者は掃除をしてくれているのだろうか。周囲の木々から落ちて来るであろう落ち葉が一枚もない。しつらえられている花壇の花々には水が与えられたと見え、水滴がきらきらしている。  あたりを見渡してから、静かにその場に膝をついた。遥は墓標見つめた。刻まれている文字を何度も読む。 『慈愛』  遥はふっと息を吐いた。
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