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詰めたい放題
私はしがないサラリーマン。私の通う会社の近所にはお手頃価格でお手頃品質の食事処が無いので、弁当を持参している。私の弁当箱は2段式で、米を入れる方の容量は300mlである。いつもはふんわりと茶碗1杯分程度のごはんが入っているが、ぎゅうぎゅう詰め込めば2杯分のご飯が入る。それでもやはり、3杯分はどうあがいても入らない。それが300mlという容量の限界である。
さて、先日私はネットであれやこれやの物品を購入した。具体的に言えば、我が家の身の丈四尺の飼いネコであるメニョのカリカリや缶詰、レトルトパウチ、使われないことが分かっているのに買ってしまうネコ用玩具である。何しろメニョは図体が大きくて食う量も多いから、食料を買い込むと重量級になる。そういうものは、逞しい宅配員の方々のお力を借りて我が家に召喚するしかない。私はか弱い中年なのだ。
宅配員の方が難なく我が家の玄関に運び入れてくれた段ボールだが、試みに持ち上げようとした私はすぐに中止した。多分、持って持てない重さではない。が、私は腰に爆弾を抱える中年の身。危険は避けねばならぬ。私はぐいぐいと段ボールを押し、床の上を滑らせて居間まで運び入れた。
「ふー。やれやれ、重労働だぜ。」
私はべろべろと箱のテープをはがして蓋を開け、中身を取り出しにかかった。
「ねー」
「うむ、メニョのご飯だぞ。メニョももういい歳だからな、今回からシニア用にしたぞ。」
メニョは先日、無事に10歳の誕生日(推定)を迎えたのである。ネコは禿げたり白髪になったりしないし、しわやたるみが毛皮で隠されて分かりづらいが、老いてはいるのだろう。ということで、カリカリはシニア用にかえてみた。シニア用だからと言って、物理的な重量や体積は変わらない。かさばって重い。
私は荷物を少しずつ取り出しては、戸棚に収納していった。立ったりしゃがんだり、重い物を持ち上げあり、なかなかの運動になる。梅雨の湿度の中ではたちまち汗がにじみ出てくる。
私は冷蔵庫から冷たい麦茶を出し、クーっとあおった。うまい。けれども、もうはや冷やし麦茶が美味い季節になってしまったと思うと、空恐ろしい。私は夏が嫌いだ。
メニョだって、夏は辛いはずだ。あんな毛皮を着たままで地獄の蒸し風呂に24時間常駐なのだ、私よりしんどいのではあるまいか。せめては、少しでも涼しいうちに遊んでやろう。折角玩具を買ったし。と、私は居間に舞い戻った。
すると、さっきまで段ボールの角に口の端をこすりつけて喜んでいたはずのメニョがいない。購入した玩具はと言うと、こちらは箱から追い出されて散らかっている。なお、遊んだ形跡は全く見当たらない。想定通りだ。しょぼん。
それはともかくメニョは、と改めて段ボールを見ると、何かが中から溢れてはみ出している。何か、ではない。どこをどう見てもメニョである。こんなにむっちりして毛むくじゃらモフモフの物体は、メニョを措いて他にはない。
「おい、メニョ。はみ出てるぞ。」
「ういー」
ごねごねとメニョは段ボールの中で器用に旋回した。まるで、臼の中の搗きかけの餅を返すようだ。
「お前の容量は、どう見てもこの箱の容量を超えていると思うんだが。」
「うな」
「300mlの弁当箱に米一升は入らないだろ。」
「んー」
「ネコってのは、物理を超越するのか?」
「まふ」
良い位置取りでも探しているのか、メニョはもぞもぞを繰り返す。そもそも、身の丈四尺の巨大ネコが、引っ越し用の段ボール程度の小さな箱に詰まろうとするところに無理がある。ほら御覧なさい、段ボールがたわんでいるではありませんか。ばりーんって、破局に至るのではないか。
私はハラハラしながら見守っていたが、段ボールは丈夫なもので、破裂する様子は無い。メニョのもぞもぞに付き合って膨らんだり傾いだりしたが、やがてしんと落ち着いた。
出来上がった代物は、角ばった段ボールの隅々にまでメニョがみっちりと隙間なく行き渡り、なおかつ、箱の口から肉がやや盛り上がってはみ出している代物であった。
「何をどうやったらそんなに詰め込めるんだ?」
「にゃむ」
メニョは目を細めて、ご満悦な様子だ。ネコは液体だと言うが、正にそれ。いやそれ以上に、気化して減った部分もあるのではなかろうか。目の前で見ていたにもかかわらず、あの巨体がこの箱に収まっているとは考えられない。
「足とか、どうなってるの。」
私はメニョを触ってみたが、顔以外よく分からない。骨はあるから脊椎動物をやめたわけではないと思うけれど。
「やっぱり、メニョ、減ったんじゃないの。」
「ふあ」
私は物の試しにと、段ボールを持ち上げてみることにした。もしかしたら、メニョが軽くなっていたりして。
しかし、段ボールに手を掛け力を込めたたその途端、腰に危うい緊張が走った。私はすぐさま段ボールから手を離し、その場に蹲った。
「ぐああ…こ、腰が…!」
起きていられるのでぎっくり腰ではないと思うが、近縁なところにいる気がする。これは、一に安静、二に安静、三四も五六も安静にというやつだ。私は手を伸ばして枕代わりの物を求めたが届くところには何も無い。
「メニョ、枕取ってきて。」
「んー」
メニョに助けを求めたが、メニョは箱から出るつもりはないようだ。もしかしたらすっぽり箱に嵌って、動けないのかもしれないが。
やむを得ず、私は諦めてただその場に横たわった。何事も初動が肝心。早期発見、早期治療。無理して枕を求めるより、今はじっとしていよう。
横を見ると、メニョはまだ段ボールに詰まったまま、こちらに目を向けていた。
「むふー」
段ボールの角に顎を載せて、気持ち良さげに半眼となっている。何故か、優越感に満ちた眼差し。
「メニョのせいだぞ、分かっているのかね。」
私は八つ当たりしたが、メニョはどこ吹く風。
「そんな窮屈なところに入って、腰を痛めても知らないぞ。」
四つ足獣に腰痛は無いが、脅してみる。もちろん、効果は全く無い。
「蓋を閉じて、川に流してしまうぞ。」
「んふー」
メニョが鼻でせせら笑った気がする。確かに、メニョ箱を持ち上げることすらできぬこの貧弱な私が、箱を川に流しに行くことはできない。
くう。打つ手なし。私は八つ当たりを諦めることにした。
こうして、我々は蒸し暑いつゆの昼下がりを、横に並んで穏やかに過ごすことになったのであった。傍目に見たら、片や小さい箱にぎゅうぎゅう詰め、片やフローリングに雑魚寝と、全然リラックス感のない状態であるが、まあ、これで良いのだ。メニョは満足しているし、私はこれ以外に身の処しようが無い。
でもやはり、寝るなら布団で寝たい。少なくとも私はそう思っていたのであった。
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