【7】奇跡の代償

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【7】奇跡の代償

〜TERRA〜 長崎県の島原半島中央部にある普賢岳(ふげんだけ)。 1990年に198年振りの噴火を起こした。 以来数年間に渡り、火砕流の被害を出し、近年は平静を保っていた。 91eae068-e8fe-47d0-a257-df4e492feab1 その複雑な頂きから、再び噴火を予兆させる水蒸気が立ち昇っている。 モニターに集中する多香子。 その多香子に集中する晋也。 初回とは違い、受けるダメージを知ったことで、対処や心構えができ、不安は消えた。 「グッ…そんな!酷すぎる」 深追いはせず、直ぐにイメージを消して現実に戻る多香子。 何度見ても破局噴火は、想像を絶する激しいものであった。 直ぐに晋也が多香子の視た未来へと入り、その根源を探す。 「なんだこれは⁉️複雑すぎる…」 火山帯のマグマの流れが交錯する地底。 その複雑さに、メインとなるマグマ溜まりを見つけられない晋也。 「グッ…クソッ!」 決して楽なことではなく、精神面とバイタルに異常を来たす苦しみとの闘いである。 「晋ちゃん、戻って❗️」 限界と判断した風花が止めた。 「悪ぃ、見つけられなかった…」 ぐったりした2人を見る風花。 (あと何回もつか…) その不安は顔には出さない。 「多分…見つからなかったのじゃなくて、複数の小規模なマグマ溜まりが、一斉に普賢岳へ集中するんだと思うわ」 「風花、とにかくこの山が破局噴火することは確かなんでしょ。どこに代えるか教えて!」 普賢岳を見下ろしながら、美優が要求した。 その苦しそうな顔を、心配気に見つめる凛。 焦っている彼女は珍しい。 多香子と晋也、風花もそれが気になった。 (ダメ!…考えてる暇はない!) 「白山火山帯で、長崎から東側に近い火山はなく、五島列島の福江島にある鬼岳に決めてます。既に島民は避難し、準備はできてるけど…少し問題が」 0b6d24e8-6c36-41ae-91d7-1559194cbf7b 普賢岳とは真逆で、山全体が芝生に覆われた美しい臼状の火山である。 「火口の形状から考えて、鬼岳しか無いんだけど…活火山群の中にありながら、遥か昔から噴火の危険はないとされていて…」 「あなた、休火山を噴火させるつもり?」 「いえ、違います!福江島自体が活火山だから…って言うか…」 「他に使える火山がないなら、やるしかないでしょ。任せて」 既に多香子が視た未来の普賢岳へ、躊躇(ためら)うことなく向かっていた美優。 (この()…どこからその勇気が?) 数え切れない程の修羅場を、孤独に生き抜いて来た暗殺者(アサシン)(ハク)博凛(フーリン)新咲(しんざき) (りん))。 彼女でさえも、この若さで恐れを殺し、感情にも流されない冷静さは、驚くべき精神力だと思えた。 間もなくして、トランス状態に入る美優。 まずは噴火寸前の普賢岳から、マグマの流れを押し戻した。 美優も、2回目にして、コツを掴んでいた。 最初の様に、苦し気な表情はない。 が…程なくして、それが一変した。 「新咲様、佐久本様のバイタルが乱れ、危険な状態になりつつあります」 「そう言われても、無理に引き戻すわけにもいかないでしょ!」 脈が激しく乱れ、血管が浮かび上がる。 苦し気な呼吸を見て、咄嗟に酸素マスクをあてがう凛。 「新咲さん、モルヒネを打って!」 ヘリ内のカメラが、歯を食いしばり、拳を握りしめて耐える美優を映し出していた。 名医には、直感的な判断が、患者の生死を分かつ時がある。 風花の判断に、迷わず従う凛。 「頑張って❗️」 美優は今、行き場を失くしたマグマがとぐろを巻く、その真っ只中にいた。 掌を広げ、突き出した両腕の衣服が燃え、皮膚が熱に焼かれていく。 「な、何なの⁉️そんな、どうして⁉️」 それは、現実世界の美優にも現れていた。 拳の甲が、ジワジワと焼け(ただ)れていく。 耐圧強化スーツから、煙と嫌な匂いが漂う。 咄嗟に、冷却消火剤を美優の体に撒く凛。 と、その時。 「ガッ❗️」 息を吐き、血走った目を見開いた。 「まだ…まだだ。まだ、死ねない❗️❗️」 一瞬…美優の体が鋭い光を放った。 「グッ…」 眩しさに腕を(かざ)した凛。 その体が何かの衝撃波に弾かれ、操縦桿(そうじゅうかん)が背中にめり込む。 「グッアッ❗️」 尚も押し寄せる圧に、ついに意識が遠退く。 「…が、噴火します…」 アイの声が聞こえた気がした… 「…さん。凛さん。生きてるの?」 その声に意識が戻る。 「クッ!」 全身から激しい痛みを感じた。 ヘリの時計を見る。 「30分も…クソっ!」 「良かった…生きてたのね。でもどうして?」 自分がやったことなど、知る訳はない。 そんなことより、美優を心配した。 「美優、大丈夫か?うっ…」 「無理に動かない方がいい。私も生きてるわ」 頭を上げることすら出来ない美優。 両腕の痛みを必死で堪えていた。 「凛さん、美優、無事だったんだね。良かった〜。全然返事もないから、まさか…と」 「晋ちゃん、勝手に殺さないでよ」 口だけは変わらない美優。 ほんとは、死んだと思った。 「成功したのか…アイ、今どの辺り?」 「あと20分でTERRAに着きます。バイタルはほぼ安定してましたので、成層圏を飛びました。一度、TERRAの医療機関で、佐久本様の検査と治療をします」 「検査は…必要ないわ。私より凛さんを」 「そんな状態で言うセリフじゃないわよ」 素人目(しろうとめ)に診ても、まともじゃないことは、確実だと分かる。 「自分の身体のことは、よく分かっています。…私の寿命は、もう長くはない」 「えっ?どうして…」 美優の目を見て、言葉を止めた。 死を覚悟した者の目には、独特のがある。 幾度となくそれを見てきた凛。 「あなた…病気なのね?TERRAの医療技術なら、治療が可能かも知れない」 「そんな猶予はない。しまったから」 「まさか⁉️」 その言葉の意味するものは、ただ一つ。 「遅かれ早かれ、地球はこの状況に向かっていました。私は少し早めただけ。それを生きている内に止めるために」
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