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〜ステージ〜
照明が消え、細波の音が聞こえてくる。
それに合わせて、プロジェクションマッピングとスクリーンが、沖縄の情緒と風景を映し出した。
美優が三線を奏で始め、スポットライトにその姿を現す。
多香子の透き通った声が、沖縄民謡『安里屋節』を唄う。
有名な『安里屋ゆんた』を節歌化した竹富島(沖縄県石垣市)の民謡である。
節歌は、沖縄県八重山列島の歌曲で、ユンタやジラバなどの無伴奏歌に、三線や笛・太鼓の伴奏をつけて歌われるもの。
背景には、赤瓦屋根の家々、サンゴの石垣、白砂の道、屋根の上のシーサー、原色の花々など、竹富島の美しい風景が映し出される。
ベースの俊幸が加わり、会場からの手拍子が響き始めた頃、エレキギターの晋也も加わる。
そして、フッと演奏が消え、会場の手拍子と多香子のアカペラだけとなり、優しく温かな空気の中で、歌い終えた。
その3秒後。
ドラムの音に合わせて演出の爆炎が上がり、明かりが戻るのと同時に、演奏が始まった。
アップテンポな人気曲『Sound this feeling』(響けこの想い)のスタートに、歓声が響き渡る。
スタジアム全体が最高に盛り上がり、全員が立ち上がって手拍子で一つになった。
一曲目を歌い終えた多香子。
鳴り止まない拍手と歓声の中、挨拶を始める。
「皆さん、ハイサーイ❣️」
大声の挨拶に、会場も『ハイサーイ!』と応える。
「イメンシェービリ、チムグクルです!」
歓声を確かめる様に、手を振りながら少し間を置く多香子。
メンバーは深くおじぎをしている。
「私達はこんなに早く、こんなに大勢の人の前で歌えるなんて、思ってもいませんでした。ありがとうございます❣️」
再び湧き上がる歓声。
「え〜沖縄の人は分かっているとおもいますが、チムグクルという名前は、『思いやりの心』と言う意味です。私とギターの比嘉晋也は、同じ時間に生まれた幼なじみで、祖母はもう他界しましたが、ひめゆりの塔で有名な、あの看護隊の生存者でした」
穏やかに話す言葉に、静かに耳傾ける観客。
「そんな遺恨の地に生まれ、私達はそれを忘れることなく生きて来ました。『世界平和』。ありきたりな言葉ですが、私達にはその言葉に、強い思いがあります。簡単なことのはずが…今でも戦争をしている国や、紛争の絶えない国があります。関係ない人々や子供達が、その犠牲になっているのです」
スクリーンにリアルな現実の映像が映る。
「私達はその傷跡を、いつまでも引きずる必要はありません。そんなもの、忘れてもいいんです。私達が起こさなければいいんです。平和で安全な国と言われる日本。本当に平和ですか?あなたは今幸せですか?」
鎮まり返る会場。
恐らくは、それぞれに今を考えている。
「そう問われたら…私は心から、『はい』とは答えられない。小さな争いは、身の回りで沢山起きています。人が人である限り、争いは絶えない。そんな小さな諦めが、いつか大きな悲しみに繋がる。だから私達は、人を想い、互いに助け合う世界のために、これからも歌を届けていきます。この想いが伝わると信じて。新曲、『Wings for the future』(未来への翼)。感じてください」
拍手が起こる前に、静かな三線の音色から、イントロが始まった。
涙を拭いて、多香子が唄う。
静かで優しい曲と歌詞には、2人の想いが詰まっていた。
決して悲しくはない。
今を見つめ、振り返らずに未来へ。
今の皆んなができること。
今の様々な人々に伝えたいこと。
自分のために、他人のために、そして未来を担う子供達のために。
世界は一つにはなれない。
けれど、平和を願う心は一つになれる。
それは難しいことではなくて、ほんの少し人を思いやるだけのこと。
完璧なんて目指さなくてもいい。
無理をする必要もない。
それぞれに、それぞれの世界で、少しずつ、誰のためでもなく、自分のために進めばいい。
それがいつか新しい未来に繋がって、争いのない平和な世界への道となる。
拭いた涙が流れても、唄う声は力強く世界へ届き、奏でる音楽は皆んなの心に響いていた。
大歓声に包まれて、初の大舞台が終わった。
想いの全てを出し切ったメンバー。
晴れやかな気分で、ステージを降りて行った。
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