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観測データとモニターに注意しながら、ソファーで体を休めている多香子と晋也の診察をしている風花。
監視衛星からは、蒸気で美優の姿は見えない。
しかし、確実にそこに美優は居る。
たった一人で。
もう何も出来ない歯痒さと、余りにも悲しい別れへの辛さに、涙を堪えて耐える3人。
「ええ、予想外の結果になってしまいました。何とか大噴火は防げると思います」
ラブは眉村首相からの電話に応対している。
富士山周辺はパニックに陥り、都内でも逃げ出す人々が、空港や東北方面への電車に殺到していた。
「今更逃げても仕方あるまい。止められなかったら、日本は終わる。だが、私は君たちを信じているよ。必ず守ってくれると」
比嘉晋也、新垣多香子、佐久本美優。
3人のことは、告知できるはずもない。
今回の地球規模の脅威で、初めて自分の限界を知らされたラブ。
どうしようもない現実に直面し、必ず守ると言い切れない自分が、悔しくてたまらない。
それを察している眉村。
「ラブさん。君のことだ、きっと自分を責めているのだろう。君はちゃんと世界を救ったじゃないか。例え君が直接対処したのではなくても、世界をまとめて動かしたのは、紛れもなくラブさん、君だ。それは他の誰にも出来ない、君にしかできないことなんだよ」
堪えていた涙が、じわじわと滲み出てくる。
「ありがとうございます。私に出来ることをします。まだまだ…出来るかもしれないから。失礼します」
電話を切り、メインルームへ戻った。
「ラブさん…美優が…美優が…」
「バカ多香子!ラブさんだって辛いんだ」
「でも…」
「多香子さん、最後まで見守ってあげなさい。あなた達3人は、特別な友達なんだから」
ラブを見てうなずく2人。
「皆様、間もなく臨界点に達します」
「アイ、富士周辺と関東一帯の放送を、私に回して、カメラも私を写して」
何も聞かず、瞬時に準備を終えたアイ。
テレビや街中のあらゆるモニターに映るラブ。
そして、涙を隠しもせずに語りかけた。
「皆さん、予想もしなかったことで、不安や恐怖を感じていることでしょう。今まさに、あの富士山が噴火しようとしています」
突然のラブに、皆んな動きを止めて聞いた。
ラブの涙に、恐怖も忘れて見入った。
「世界中のあらゆる火山が、同じ様な状況にありました。でも、世界が手を組んで必死に頑張ったおかげで、何とか最小限に抑え、地球人類滅亡の危機を回避しました」
公開していなかった、地球人類滅亡の危機。
まさかそれ程とは考えてもいなかった人々。
しかし、富士山噴火の広報を聞いた今、人類滅亡という言葉が、真実味を帯びて聞こえた。
「そして今、日本もその力を借りて、富士山の噴火を止めようとしています。私は必ず止められると信じています。どうか皆さん落ち着いて、私と一緒にその成功を祈ってください。パニックにならずに、皆さんの信じる力と勇気を、この私に下さい。必ず、止められます❗️」
祈るラブを包み込む様に、澄んだ三線の音色が聞こえ始める。
もう誰もが何度も聴いた、チムグクルの曲が、街中を、仕事場を、居住空間を、穏やかに優しく流れていく。
皆んな慌てることをやめ、その曲と歌声に心を委ね、口ずさむ者も大勢いた。
そうして、一つに繋がったことを感じた心には、自然な勇気が湧いて来た。
怖いのは自分1人じゃない。
ラブと、ラブを通じてお互いを信じ合う力。
それこそが、今一番必要なものだと思えた。
「噴火します」
アイの声が、静かなメインルームに響いた。
モニターに映る富士山から、一瞬マグマの焔が見えた。
それとほぼ同時に、山頂を眩い光が包み込む。
中腹の宝永火口は、真っ白な煙に覆われた。
誰もが息を止めて、次に来るかも知れない、大きな力を想像して身構える。
そうして十数秒。
軽い揺れはあったが、何も…起こらなかった。
一気に歓喜が湧き上がって来る。
大歓声があちこちで響き、近くにいる知らない者と抱き合って、無事を喜んだ。
「やった。皆んなありがとう。ありがとう❗️」
「ラブさん❗️」
ひざまづいたラブに、多香子と晋也と風花が、無意識に飛び付く。
「美優がやった!美優が富士山に勝った❗️」
悲しみより、喜びの涙がたくさん流れた。
日本中がその成功を心から喜び、改めて平凡な日常の幸せを、実感したのであった。
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