雨を嫌う俺

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 おびただしい数のコメントを押さないように、慎重にスワイプする。以前うっかり開いてしまい、彼に夢中になっているファンの存在に、そして彼女(男かもしれないけれど)たちに「24時間365日。キラキラ、頑張りますね」と応える玲さんに猛烈に胸がざわついた。見たくなかった。彼が自分のものじゃないとわかっていても嫌だった。 「────、────か?」  叩木さんがなにか言った。私はゆるやかに顔を持ち上げた。一気になだれ込んできた酔っ払いたちの音頭に、眉がひとりでに痙攣する。「なんですか……?」 「仕事。楽しいか?」  楽しいも、楽しくないも、判断できるだけの余裕がない。でも玲さんがいるから、ここで働き続けていれば玲さんに会えるから、会社を好きでいることは重要である。 「はい」 「そっか。……なんか、安心したわ」  頬にしわを作り、また腕を伸ばして私の頭を撫でた。剃りきれていない髭がぽつぽつと生えた顎を眺め、同じ男でもDNAの作用でここまで違う造形になるのかと神の力に畏怖を覚える。 「俺もさ……」  煙草に火をつけ、粛々と煙を吐き出し、叩木さんは目を細めた。 「何事にも手ェ抜きたくなくて、がむしゃらに突っ走ってるうちにここまできちまった……。気がついたらツレはみーんな結婚してこーんなおっきい子どもいんだぞ? 参ったっつーの!」  ガクッと首を下げ、ひとりでくつくつ笑いながら、指を外へ弾いて灰を落とす。 「結婚時期は人それぞれですよね……けほっ」 「このままでいーのかなあって。最近考えるよ。親父とおふくろのことも安心させてやりてーしな」  私もそうするべきだろう。早く落ち着いた家庭を持ち、形態を磐石なものにして、地元の母や妹を安心させてやらなければ。玲さんは私の家族のことをどう思うだろう? 気味が悪い、面倒臭いと嫌がるだろうか。そもそも、誰とも形態を盤石にする未来が私には見えない。膝の上のキラキラが、見る見るうちに遠くなっていく。 「わかりますよ……」 「あ?」 「わかり、ます」  煙草を素早く灰皿に押しつけ、叩木さんは突然額を抑えて項垂れた。 「……べっ。いまの、スゲー来た…………」 「誰が来たんですか?」 「や、こっちの話。……ってえお前! 全然飲んでねーじゃねーか! もっと飲め!」 「いえ、私は」 「ハーイハーイハーイ聞こえねー」  野太い声で自分の飲みさしまで私のジョッキへ注ぎ込む。
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