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帰るって、誰? てっきり独り暮らしなのかと思っていたが、彼の帰りを待つ人がいるらしい。仕事中なのに帰る即決ができる人? 私は聞かないフリをするためにずれた机を直したり、散らばったペンや本を拾い集めたりした。
「修学旅行には治ってるだろ」
修学旅行!? まさかの────!?
間もなく電話を終え、彼は戻ってきた。「もう行く」と予想通りの台詞を吐いた。もちろん私は笑顔で応えるのだ。
「今日はありがとう。本当にごめんなさい。どこか痛くなったらすぐに言って」
「俺は怪我しないんだ。時計は誰かにやってもらうといい」
言って、机にぽんと指輪を置いた。「そこまで転がってた」
「あ────ありがとう」
さっと手の中に引き寄せてエプロンのポケットに落とし込む。「ほんとは指輪なんてしない方がいいんだけどね~」
「頼みがある」
机に肘をつき、前のめりになった直樹さんの口から出てきたのは、ちょっと意外な言葉だった。
「今度連絡していいかな。個人的に」
〇
私の名前は虹あやめ。
りんごさんと話している最中、叩木先輩に呼び出された私は、仕事の話だという彼の言葉に、急いで待ち合わせ場所に駆けつけた。なにかトラブルが起こったのだろうか。私のことだから、疲れていて顧客に渡した資料が別人のだったとかありそうで、走りながら胃を痛ませた。
駅前で待っていると叩木さんは言った。はたして、駅外のタクシー乗り場に立つ大きなシルエットが遠くからでも見え始め、スパートをかける。私が近づいてきたのに気付いた叩木さんはスマホを尻のポケットに無理矢理押し込め、「よう」と片手を上げた。
「すいませっ……遅くなりました……」
「なんだお前! んな走って来なくていーって!」
グローブみたいな手が私の頭を鷲掴んで揺さぶる。呼吸もままならない状態で脳をかき回され、吐き気がこみあげた。ひとしきり気が済むまでぐちゃぐちゃにしたあと、叩木さんは急に目尻を下げ、声を落とした。
「…………急いでくれたのか?」
「はい。仕事のお話だというので……なにかやらかしたかと思って……」
「っし! とりあえず行くか!」
強引に肩を掴まれ、身体を反転させられる。え? え? と戸惑いながらも、私の足は叩木さんの向かう方へ引きずられていった。
「どこへ行くんですか。仕事の話とはなんなんですか」
「いいからいいから!」
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