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「何をするんですか!」
「うるせー止まってられるかってんだ! 今日は飲んで飲んで飲みまくる!!」
オウッオウッ、とオットセイのような声を上げ、私は無理矢理に苦いだけの液体を飲み込んだ。酔いが急激に回り、勘定をする頃にはどこを見るべきか、どのように立っているのか判断がつかなかった。鞄からどうにか財布を出し、震える指で札をつまもうとするが、上手くいかない。どしん、と重い衝撃が加わり、叩木さんが体当たりで私をレジから遠ざけた。
「っだー! んなフラフラで払おうとすんじゃね! 後輩のくせに生意気なんだよ!」
「生意気ですか……スイマセッ……」
頼む。大きな声を出さないで欲しい。
「カッコつけさせろってんだ。ったく、テメーは……」
「すいません……」
外に出ると、涼しい風が吹いてきて、少し正気を取り戻した。相変わらず気分は最悪だけれど、自分の足で帰れそうだ。「お前、大丈夫か?」と叩木さんの手が背中をさする。振り返り、私はぺこんと頭を下げた。「ご馳走様でした。おやすみなさい」
「おやすみなさいって……ふらついてるじゃねーか。しゃーねえ、ほれ」
やおらその場にしゃがみ込むと、両腕をスキージャンプの選手のように背中へ回す。
「なんですか」
「おぶってやるよ」
「ああ、いえ大丈夫です」
「遠慮すんな。こう見えてラグビーやってたから体力には自信あんだよ」
ホッケーではなくラグビーだったか。「言ってましたね」と言いながらじりじりと後ずさる。これ以上借りを作るのだけは避けたい。返すアテのない借金を作っている気持ちになる。
折よくタクシーが通り過ぎようとしたので、私は普段から想像もつかない俊敏な動きで、まっすぐ腕を上げた。
「バッ……おまっ、へそ見えっからっ……」
「タクシーで帰るのが一番安全だろうと思われるので、そうさせていただきます。叩木さんもお気をつけてお帰りください」
「お、そっか。んじゃ、また明日な」
くしゃり、と私の横髪を掴んで揉みしだくと、叩木さんは片手を上げ、一歩下がった。
するする進むタクシーのメーターを見つめながら、財布の中身と相談をする。将来のことを考えたら、節約はした方がいい。
「ここで大丈夫です」
自宅まで数キロを残し、家までの道を歩く。さっきは涼しいと感じた風が、いまはやや寒い。雲の多い夜空に、うっすらぼやける月が「もう、日を跨いでいますよ」と呆れているようだった。
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