雨を嫌う俺

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 明けて翌日、二日酔いで仕事に臨む私の姿がある。叩木さんに午前中のうちに顧客リストをまとめ直してくれと言われ、いつも通りやっているのだが打ち間違いが酷い。午前とやらは目にも止まらぬスピードで終わろうとしている。 「はー……きもちわる」  独り言を呟いて、シャツの胸元をつまんで空気を入れようとすると、背後から急に影が入り、右側にどん、と腕が柱のように突き立った。 「ちょっと君。お願いだ」 「わっ」  玲さんだ。左手で椅子の背もたれを掴み、右手を机についている。その間に収まる私は、服を突き破ってきそうな心臓を抑えるのに必死だった。急激に自分の匂いも気になってくる。昨夜の酒が残っていないだろうか。夜も朝も念入りに洗ってきたし、歯磨きは倍の時間をかけた。それでもまだ足りないと思える。 「ど、どうかしたんですか」 「叩木くんから割り振られた顧客リスト」  右手に持っていたファイルをプリントアウトしたものを、私の前にずいと置く。「3年前くらいで切れてて最新版がどこにもないんだけどどうしたらいい?」 「あ……有り得ない、ですね」  有り得そうだなと心中呟きながら言った。叩木さんはパソコンが苦手だから、玲さんに振り分ける用のファイルを間違えたのだろう。 「最新版はどこにあるか教えて欲しいのだよ。君に聞いてもわからんか」  不意に水辺から顔を上げた鳥のように、涼しい横顔が私の隣のデスクに向いた。叩木さんは朝から外回りに出かけている。 「俺が手を引くという選択肢もあるんだけどねえ。本当はこんな個人のおこぼれじゃなくてプロジェクトのために呼ばれたんだし」  ややムッとした様子が見てとれた。怒って営業を去られては私が生きていけない。去りかける玲さんを追って慌てて椅子を引く。同時に身体も捻ったせいで、椅子に足が絡まり、私はたたらを踏んだ。 「玲さん。まっ────わっわっわっ」  ぐっ、と玲さんの腕に掴まった。掴まえるところがそれしかなかったし、避けようもなかった。玲さんは左腕で私を支えると、そのままわざと下までゆっくり下ろし、私の体重を分散させた。  な、なんということを────! 早くどかなければならないのに、身体がカチコチで亮介(動けない)。どっと冷や汗が噴き出してきた。フロアで派手につまづいて怪我をするところだった。助かった。玲さんのお陰で! 「上げるよ」
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