雨を嫌う俺

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 声が聞こえたと同時に、巻き戻し再生のように私の身体は手順を追って元に戻った。最後にぐっと力を入れて立たされ、ようやく玲さんの腕を離すことができた。というか、玲さん。結構力持ちなのだろうか。人間を片腕1本で支えたり起こしたりしてみせた。私は全体重をかけたのだ。普通なら一緒に転がるか両腕になる。  私は、玲さんの腕の筋肉に土下座をせねばならない。分不相応にも絡みついてこかしかけたのだ。しかし、玲さんにとっては勝手にぶつかってきたメス一匹を処理するくらいなんでもないことだったようで、私の謝礼を待たずに「なんか言ってなかった?」と訊き返してきた。 「あ……う」  なんだったか。そうだ、叩木さんのファイル添付ミスだ。意味もなくお団子をくしゃくしゃやりながら、私は玲さんの腹あたりに視線をずらす。 「…………ええと、新しいリストでしたら、ちょうど叩木さんのを作ってまして……午後になってからでもよろしければ、れれ、玲さんの分も用意できますです。へへ」  駄目だ。にやけが止まらない。 「あっそう。じゃあそうしといて~よろしく~」  顧客リストがないのに意気揚々と外へ出て行く。おそらく外回りと見せかけてインスタ映えのする店へ行くのだろう。同行したいけれど、私には仕事がある! そう、玲さんのための仕事が!!!!!!!!  彼にしかと触れられた背中がぽかぽか温かい。お日様の匂いまでしてきそう。生ビールと手羽先は肩をそびやかして昨日の空へ帰った。  叩木さんからの仕事をあっという間に終わらせたご機嫌の私は、昼もデスクに残り、パンをかじりながら薄ら笑いで玲さんの顧客リスト作りに没頭した。傍から見ても幸せそうだ。  鼻歌まじりに勤しんでいると、左側からポロン、と着信音がいつもより可愛く響いた。りんごさんからのメッセージが届いた。 🍎 好き! 「りんごさん……」  くしゃっと笑みをこぼし、キーボードを叩く手を止め、軽快に返信する。 🌈 ありがとうございます。私も、あなたが好きですよ。これからも仲良くやっていきましょう  すぐに既読がつき、返信があった。 🍎 ごめん、あやちゃんのことじゃない💦 「なっ……」  では一体────? 思い当たる人物はひとりしかいない。 🌈 葬儀屋となにかいいことありました? 🍎 葬儀屋って言わないで 🌈 葬儀屋ですもん 🍎 あやちゃん今日うち来ない?  今日って、昨日訊ねたばかりだが。しかし私も訊いて欲しかった。幸せな出来事があったと。力強い腕に助けられたと。仕事も楽しいから速い。 🌈 わかりました! 🍎 わーい。待ってるよ😊  りんごさん、なにやら舞い上がっているが旦那はいいのだろうか。まあ私には関係のないこと。ややこしそうなことから目を背け、こうなったら一刻も早く終わらせるべく仕事に戻った。 「いいところにいたわね」  膝上のスカートから程よくしまった美脚を元気に動かし、宛名さんが大股で入ってくる。私が返事をする前に、「今度の社員旅行のレジュメ作ってくれない? 簡単なやつでいいから」と用件をまくしたてる。この人はいつもいつも突然なのだ。 「レジュメですか。いつ」 「明日の朝までに決まってるでしょ」 「はあ……」 「よろしく」  なぜ社員総出のイベントごとの雑用を『私』に振るのか。その理由は私が一番よく知っているから、いまさらつべこべ言いたくはないけれど。少し元気を失うと、私はインスタを開く。真新しい玲さんの顔を見てほくそ笑む。 👑 #仕事で理不尽なことあってもがんばる 「はい────はい。頑張ります」
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