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 三年の後、孝緒は白下に戻った。そうして、いよいよ徐孝緒が張僧繇の画竜に睛を点ずるという噂が人々の間に騒然と走った。  その日、快晴。廃寺の一間には壁画を前にして徐孝緒。それを検分するは胡床(こしょう)上の太宗と、それに従う房玄齢以下唐の重臣数名。廃寺の周囲は太宗の兵が立ち並び、その外側に、孝緒が点睛の成否をひと目見ようと城邑の人々が大挙して押しかける物々しさであった。  今、徐孝緒は二画竜に向かい、彼の目にそれ以外のものは天子も路傍の草も分別がなかった。賢君太宗もまた、孝緒のその態度をよしとした。  誰にともなく徐孝緒は口を開いた。曰く、我、諸国を巡歴すること三年。足を運べば、どの土地にも遊ぶ童の姿あり。童は決まって地面に画を描けり。その画は下手なりや。否、その画、虚心坦懐にして息吹あり。今、(まぶた)を閉じれば両白竜師の天に昇りゆく姿、ありありとなむ見ゆる。ならばどうして点睛せずということがあろうか。  孝緒は筆を取るや壁に寄った。  その挙措(きょそ)、蝶が花にとまるが如く、気づけば画竜に睛が加えられているという軽やかさであった。皆、固唾を吞んで壁画の様子を見守った。睛を得た画竜は吠えず動かず、雷雲も呼ばぬ。――徐孝緒の腕、ついに画竜を動かすに及ばず。その場の誰もがそう思った。
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