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さて、尚書左僕射の房玄齢は平素長安にあって政務を執っているものの、その爵位は梁国公であり、かつての梁の都金陵こと、この白下の地に仮寓を構えていた。そして、彼が今この地に逗留していることは決して偶然ではあるまい。すなわち、自身の推挙した若い画家の大儀への挑戦を気にかけているのである。よって、徐孝緒がもう何日も己の画を描くべき壁の前で呆然として筆を取らないでいることは、すでにこの大人の知るところであった。
玄齢は、さもありなんと思った。如何に虎嘯いて風生ずとも、この百年越しの儀は実を成さねば詮もなし。徐孝緒がここで即座に筆を取り揚々と画を描くような人物であれば、その性粗雑にして審美の眼なし。すなわち百年の時が与えた僧繇が壁画の醸す寂のわからぬ者よ、と。
さらに数日の後、玄齢が従者に「徐はまだ描かぬか」と問えば、従者、「まだ描きませぬ」と言う。「ではどうしておるのか」と重ねて問えば、「くずおれております」と言う。それを聞いて玄齢は目を細めると、ゆっくりと文机からその腰を上げた。
房玄齢が廃寺の一間に入ると、無地の壁を前にして膝をつく徐孝緒の姿があった。その打ちひしがれた背中に、玄齢は「ほほ」と笑みを浮かべた。そうしてそっと孝緒の横に歩み立てば、それに気づいた孝緒が慌てて拝し、何か口上を述べようとしたので、玄齢はそれを制して言った。考だけの者、実際のことに当たっては縮こまって鈍であり、動だけの者は猛進して返って頼りなし。畢竟中庸ならざれば、事成り難しと。
ただそれのみを言い、玄齢は去った。
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