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 柱に蟷螂(かまきり)がとまっている。蟷螂は二匹で、少し小さい方が大きい方の背に、ぴったりと組みついている。徐孝緒は目の端に捉えたその光景を、すぐに意識の外に追いやった。  この若い画家は敢然として二画竜と正対していた。見れば見るほど巨匠僧繇のこの壁画の巧みなことに圧倒されずにはいられぬ。ただし孝緒は、もはやその壁画の前に膝を屈することはなかった。むしろ、これほど挑みがいのある仕事は他にないと、自身が身を置くこの状況に、これまでにない充実を感じていた。  僧繇が画竜の睛のない目は、孝緒にとって狂気という名の穴の入り口であった。それは、先に彼が地面に竜を描いた荒野など比較にもならぬほど広大な、かつ底の知れぬ穴である。  孝緒は思った。この穴に潜るには、自身も画に狂うより他ないのではないかと。そして、この穴に入って行った結果、自らがどうなろうと構わぬと思った。この穴に潜り、画の何たるかを知るようなことがあれば、この徐孝緒を徐孝緒たらしめているもの、例えばその記憶やその信条といったものを全て失ってもいいとすら思った。画の道とは恐ろしいものである。彼はすでに半ば狂気に()りつかれているのかもしれぬ。
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