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 柱の蟷螂が一匹になっていた。何やら頭をぐりぐりと忙しなく動かしている。もう一匹は飛んでいったのか。その変化に孝緒が何となく様子を見ていると、蟷螂の前足から何か薄い葉のようなものがひらひらと落ちた。その落ちた先の柱のたもとには、今落ちた葉のようなものの他にも細い枝のようなものが数本散らばっている。  「はて」と思い、柱に近寄って孝緒は動揺した。葉だと思っていたのは蟷螂の羽であった。枝だと思っていたのは蟷螂の足であった。柱にとまる蟷螂をよくよく見れば、前足に何かをはさんでいる。それはもう一匹の小さい蟷螂の腹であった。その小さい方の蟷螂の腹を、大きい蟷螂は相当な勢いで食っているのである。その光景に孝緒の目は釘付けになった。やがて蟷螂はその腹もきれいに食い終え、自身の前足である鎌を念入りに舐めている。  徐孝緒は何か気持ちが落ち着かなかった。食われた方は蟷螂の雄であろう。産卵のための養分として、雌に食われたのである。しかし、ではこの後、この雌が本当に卵を産むかどうかはわからないではないか。予期せぬ事態に(おちい)り卵を産めぬ、あるいは産まぬことは十分に考えられよう。あの雄はそれでもなお、この雌を当てにして自ら食われたのである。そこまで考えて孝緒は愕然(がくぜん)と色を失い、強烈な眩暈(めまい)を覚えた。  徐孝緒はふらふらと辛うじて壁画の前に戻ってきたが、ついにその場にうつ伏せに倒れ込んだ。  うつ伏せになりながら荒い息の中で、彼はある恐れと戦っていた。彼は気づいたのである。その恐ろしいことによく今まで気づかずに能天気にやってきたものだと、自身の迂闊(うかつ)さに唖然(あぜん)とした。すなわち、この二匹の画竜に睛を入れて、仮に竜が肉体を得ず元の画竜のままであったら、それはひとえに彼ら百年の壁より解かれんとする望みを絶ってしまうことになるのだ。否、それだけではない。睛を入れて二竜が実体を得ないとすれば、それはもはや壁に描かれた竜の画以外の何物でもなく、そのときには二竜は思考と声をも失うかもしれぬ。それはすなわち、この手で神獣を(しい)することを意味するのだ。そう気づいたとき、彼は青くなり眩暈を覚えたのである。
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