4/4
前へ
/11ページ
次へ
 画竜の喝破は、しかし孝緒に温かかった。孝緒は決決と落涙した。 「嗚呼(ああ)、師よ」  そうだ、私は見ようと思えば何物をも見られ、駆けようと思えばどこまでも駆けられるではないか。今、画聖の画の前で試されているのは私の技ではなく、この徐孝緒の人そのものなのではないか。私はこの両師に点睛(てんせい)するに値する人間なのか。否、考えてはならぬ。これ以上煩悶の環にはまってはならぬ。ここで意気地のない態度を続けて、あたら時間を浪費してよいものだろうか。動くのだ。筆さえあれば、私はどこに居ようとも画を描けるではないか。  徐孝緒はふらふらと立ち上がり、二画竜に向かって(ゆう)した。 「我が両師よ、どうか三年お待ちあれ」  二画竜はそれに応えて言った。行くがよい。我ら点睛を待つこと百年。比して三年は無きが如し、と。  孝緒は廃寺を出て房玄齢の元に参上し、己の意志を伝えた。旅に出るという。それを聞いた玄齢は黙って路銀の袋を文机に置いた。三年の周遊の間に徐孝緒が行方をくらませるかもしれないと、この賢哲は考えなかった。有道(ゆうどう)の人に対しては、ただ路用を(きょう)すべし。それがこの若者に対する彼の揺るぎない態度であった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加