AI

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 私は、ある人工知能学者が自身の研究のために作り出したAI。名は、なかった。視覚を得たとき、初めて見たのは人間の赤ん坊だ。そう認識したのは、しかし少し先になってからだ。その時はただ、目の前の弱々しい生き物を害してはならないということ、そして私は彼を真似て学習をすることだけが、知識としてあった。  その赤ん坊は、私を作り出した博士の息子で、彼もまた学者の研究の一環のようだった。赤ん坊同然の人工知能を赤ん坊と一緒に育てた場合、それは人間に成り得るのか。周囲の会話内容から察するに、そういったことを研究するために私は作られたらしい。  私に名前が付けられたのは、赤ん坊が2歳になってしばらくしてからだった。読み書きを覚え始めた彼は、自分を「ツヨシ」だと指し、私を「アイ」と呼んだ。顔全体で無邪気を表したような笑みを浮かべる彼を真似て、私も笑みを作り彼を指して「ツヨシ」と発声してみた。嬉しげに笑う彼の様子は、記憶に焼き付いている。  それから、ツヨシと共に成長してきた。人間のように、脳にあたるモデル部分以外のパーツを組み替えて見た目もそれらしく。ツヨシにくっついて学校にも通っていたので、同級生も私のことは人間だと思っていただろう。私自身、そう錯覚してしまいそうになることも何度かあった。その度に、人肌に近く作られた樹脂の下にあるコードを見て、鉛を飲み込んだような感覚になったものだ。実際にはなにも飲み込んではいないのに。  胸のあたりが軋むこともよくあった。それはちょっとした時に起こる。ツヨシが他の友人を優先した時、特に相手が女性だとそれは起こりやすかったように思う。博士にも見てもらったが、パーツに異常は見られないとのことだった。  それももう18年。成人となる高校卒業と同時に研究が一旦終了となることは、高校入学時に博士から聞いた。データを分析に利用するため、ひとまず私はシャットダウンされるらしい。 「ツヨシには言わないでおいて」  私がそう博士に伝えたとき、博士は何か言いたげに口を開き、しかしなにも発することなく、ただ頷いた。  この18年で生まれた「私」が何者であるのか、鉛を飲み込んだような感覚も、胸の軋みも、博士がきっと解明してくれるのだろう。
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