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「あ、帰ってきた! 何してたの? 」  小学校に帰ると、ミサが駆け寄ってきた。後ろにユタもいる。 「散歩」 「散歩のわりには長くない? 」  ミサは更に問いかけてきた。晴のことは黙っておこう、と僕は思った。いつもだったら、二人には話しただろう。だけど、今日は違った。晴と話した時間は、僕だけのものにしておきたい。そんな気持ちが胸の奥から湧き上がってきた。そんな感覚になるのは初めてだ。 「道に迷ったんだよ。だから帰ってくるのに時間がかかった」  嘘ではない。……だいぶ言葉は足りないけれど。 「道に、迷ったぁ? 散歩で? 」  ユタは、驚いた様子だった。「道に迷った」で通すのはやっぱり無理があったか。 「ロイ、もしかして……」  ユタが下を向きながら言った。声が震えている。ユタの表情はよく見えないけれど、怪しまれてしまったのかもしれない。ユタは何かを必死に堪えている様子だ。僕が隠し事をしたせいで怒らせてしまったのだろうか。 「方向音痴だったのか? 」  そう言った瞬間、ユタはぷっと噴出した。それから止まらなくなったのか、ゲラゲラ笑っている。ミサのほうを見ると、ミサも笑っていた。僕は、二人の様子にほっとした。どうやら、うまく勘違いしてくれたようだ。 「散歩ってことは歩いてたわけでしょ? 歩ける距離で道に迷うヤツ、いると思わなかった。しかも、何時間も」 「ある意味すごいよね」  ユタとミサが笑い続けている。 「それは……! 」  僕は思わず、言い返そうとしてしまったけれど、慌てて言葉を引っ込めた。迷ったのはぼんやりしていたからだし、帰るまでに何時間もかかったのは晴と話していたからだ、なんて言えるわけがない。せっかく、晴との時間を僕だけの秘密にしておけそうなのに、自分から話してしまっては意味がない。 「ごめん、ごめん。からかって悪かったよ」  ユタはそう言いながらも、いつまでもミサと笑っていた。  それから僕は、何度も神社に行った。もちろん、ユタとミサには言わずに。  平日は、晴の学校が終わった夕方から、辺りが暗くなってくる時間まで。休日は、昼間から夕方まで。  必ず、僕たちはその時間に会った。僕たちの間に約束なんていらなかった。何も言わなくても、その時間に神社に行けば僕たちは会うことが出来たからだ。僕たちは神社で、特に何をするわけでもない。ただ、他愛もない話をして笑い合っているだけだ。だけど晴との時間は、僕にとって特別なものになっていった。もちろん、ユタとミサと過ごす時間も大切なものだけれど、それとは別物だ。ユタとミサと過ごす時間が、きらきらと輝かしいものだとしたら、晴と過ごす時間は、穏やかで甘い、美しいものだ。僕の生活は、段々晴を中心に回るようになっていった。 また会っても良いのかと、会う度に迷いを感じていた。だけど、迷いを無視して会い続けた。『核』を最後に食べてからだいぶ時間が経っている。もうすぐ僕は存在を保っていられずに消えるだろう。最後くらい、一緒にいたい人と過ごしたい。僕は、最後の我儘をどうしても我慢出来ないでいる。
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