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10
ソムの話を聞いてから、ずっと夢の中にいるような感じがした。
人間になれば、もう『核』を食べずに済む。それは、とても魅力的なことに感じる。
だけど……。
それは、晴の『核』を食べなければ実現出来ないことかもしれないのだ。それは駄目だ。晴のしあわせを奪ってしまうくらいなら、このまま消えてしまうほうが良い。
今日も僕は神社に向かっていた。馴染みが無かったはずのこの道も、今ではすっかり歩き慣れた道になった。僕の足取りは、神社に近づくにつれて軽くなっていった。
晴に会いたい。
その想いが、どんどん膨らんでいって溢れそうだ。この気持ちをどんな言葉で表現すれば良いのか、僕にはわからない。だけど、この気持ちは僕にとって大切なものだ。
「ロイ君! 」
鳥居を潜ると、晴がもう来ていた。
「あれ? 今日は部活に出てから来るって言ってなかったっけ? 早く終わっ……晴? 」
晴は突然駆け寄ってきて、僕に抱きついた。どうすれば良いのかわからなくて、僕は抱きつかれたまま動けずにいた。
「触れる……。ロイ君は、ちゃんとここにいるよね? 」
晴はどうしてそんなことを言うのだろう。僕は何だか胸騒ぎがした。
「ロイ君の目を写した写真、友達に見せたら、目なんて写ってないって、その友達に言われて……。どうして、友達には見えないんだろうって思ったら、何だか不安になっちゃって。それに私、出会った時、「君、人間、だよね? 」ってロイ君から言われたことを思い出したんだ。あの時には、変わった冗談を言う人だな、としか思ってなかったんだけど、今はその言葉がすごく気になっちゃって……」
晴の言葉を聞いて、僕は思った。晴に本当のことを話さなければならないと。
「大事な話があるんだ」
僕は晴に話すべきことを順番に話し始めた。僕が幸食鬼であること。幸食鬼は、人のしあわせを食べて存在していること。本来、幸食鬼の姿は人間には見えないこと。そして、僕がしあわせを食べられなくなった理由。
全て話し終える頃には、空はすっかり赤く染まっていた。だけど、晴は僕の話をじっと聞いていた。晴の表情を見ても、晴が僕の話を聞いてどう思っているのかはわからなかった。
でも、少なくとも、これからも僕と一緒にいたいとは思わないはずだ。
「僕は怪物なんだ」
だから、晴とは一緒にいてはいけない。僕は自分に言い聞かせた。
「違う。ロイ君は怪物なんかじゃない」
晴はそう言った。晴はわかっていないのだ。『核』を食べられて、しあわせを感じられない人間がどうなってしまうのか。
「違わないよ。僕は人を傷つけた」
「怪物は、人の痛みなんてわからない。わかろうともしない。だから、ロイ君は怪物じゃない」
「でも……」
「私はロイ君といると、ほっとするんだ。ロイ君は、私を見てくれる。ちゃんとわかってくれる。そう思うんだ。私はロイ君とずっと一緒にいたい。ロイ君だから、一緒にいたいんだよ」
晴の言葉は、僕にとって嬉しいものだった。だけど同時に、僕を苦しめるものでもあった。今までは、消えてしまう前に、少しでも晴と過ごせれば良いと思っていた。だから、僕は本当のことを話さなかったし、晴の前では人間のふりをし続けた。だけど、今は違う。
ずっと晴と一緒にいたい。まだ消えたくない。そう思ってしまった。
望んではいけないことを望んでしまった。
「ずっと一緒にいるのは無理なんだ」
「どうして? 」
「君が人間だからだよ」
僕がそう言うと、晴は悲しそうに俯いた。それでも、僕は何も言わなかった。いや、何も言ってはいけないのだ。晴のことを思うならば。
「私は、ロイ君が人間かどうかなんて気にしないよ」
「僕が気にするんだ」
これ以上言ったら終わりだ。そうわかっているけれど、言うしかない。
「もう会うのをやめよう。……僕たちは、出会っちゃいけなかったんだよ」
僕はそう言うと、晴を見ずに走り出した。絶対に振り返ってはいけない。振り返ったら、決心が揺らいでしまう。僕は、今までとは違うのだ。晴とずっと一緒にいたい。まだ消えたくない。もう一度でもそう思ってしまったら、僕は何をしてしまうかわからない。晴と会い続けるために、たくさんの人の『核』を食べてしまうかもしれない。
それに、僕と会い続けることは、晴のためにもならない。僕なんかのために時間を使ってしまったら、晴が本来、築くはずだった人間関係を狭めてしまう。どうして今まで、そのことに気が付かなかったのだろう。
人間と幸食鬼。本来なら、交わらない存在だ。それぞれの世界で別々に存在するべきだ。
僕は、鳥居を潜って神社を飛び出した。後ろから、晴が追いかけてくるのがわかったけれど、僕は止まらなかった。
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