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13
どうして、ミサとユタがここに来たのだろう。僕はさっぱりわからなかった。
ミサとユタは、じっと晴を見つめていた。二人はなぜか、坂の途中で立ち止まったまま、こっちに来ない。
「やっぱり、人間になるつもりなの? 」
ミサがそう言った。
「人間になる? 僕が? 」
僕は思わずそう言っていた。確かに、人間になるのは魅力的だと思ったことはある。だけど、ユタにもミサにもそのことを言った覚えはない。
「なるつもり無いのか? 」
ユタは少し驚いたように言った。僕が頷くと、二人はほっとしたようだった。
「ロイ君、人間になるってどういうこと? 」
晴は僕を見つめて言った。僕は「何でもないんだ」と言って、坂を下り始めた。もう晴とは会わないと決めたのだ。振り返りたいという気持ちを抑え込んだ。
「ちゃんと答えてよ」
晴の声が後ろから聞こえてきた。僕は、必死で晴の言葉を無視した。
「ロイが人間になるには、あなたが幸せを捨てないといけないのよ。あなたの『核』を食べないとロイは人間になれないの」
突然、ミサがそう言った。
「ミサ! 」
ユタがミサを窘めている。ミサが「だって……」と呟くのが聞こえた。
「ロイ君が人間になりたいと望んでるなら、私は『核』をあげても良い」
だけど晴は平然と言った。僕には、不思議と晴がいつも以上に凛として見えた。
「ロイ君は人間になりたい? 」
晴にそう訊かれて、僕は言葉に詰まった。『核』を食べずに生きていく道があるのなら、それを選びたいという気持ちは確かにある。それだけではなくて、晴と接するうちに“人間”という存在に興味も芽生え始めていた。でも、それ以上に晴のしあわせを奪いたくないという気持ちは強い。「人間になりたいなんて思っていない」と口に出して言いたかった。でも、晴の曇りのない目を見ていると、嘘を吐くことは出来そうになかった。僕の心にある迷いを見抜かれるような気がしてならないのだ。僕は自分の不器用さを呪った。
そんな僕を、ユタはじっと見つめていた。
「否定しないでよ」
僕が何も言えないでいると、ミサが言った。僕たちの間にある空気がひんやりと固まる。
「『核』を食べることが——幸せを食べることが、そんなに否定されないといけないこと? 」
その言葉を聞いて、気が付いた。ミサもユタも幸食鬼なのだと。僕は、二人の、いや、幸食鬼の生き方そのものを否定してしまっていたのだ。
「ごめん」
僕が謝ると、ミサが言った。
「謝るくらいなら、私たちとずっと一緒にいてよ」
坂の途中にいるユタとミサとの距離が遠く感じられた。
「ロイはこれから、何をしたいんだ? 」
ずっと黙っていたユタが言った。ユタの目には、全てを受け入れてくれそうな奥行があるように見える。その目に見つめられることで、抑え込んでいた本音がどんどん溢れ出してくるのを感じた。今までぼんやりと、形の無かった感情が、急に一つの形を作り出していく。それは、何とも言えない不思議な感覚だった。そして、出来上がった感情は、ただ消えるのを待つのは嫌だ、というものだった。僕はまだ何もしてない。そのことに気が付いたのだ。
「これからしたいこと……」
これから何をしたいのか。気が付けば、そんなことは考えないようにしていた。『核』を食べなければ僕は消えてしまう。“これから”なんて考える必要はないと思っていた。だけど、ユタの言葉を聞いて、僕の意識は“これから”に向いていった。
僕がやりたいこと。
人のしあわせを奪いたくない。僕はそう思うばかりだった。
——向き合うことと、逃げることは違う
いつかのユタの言葉を思い出した。これだ、と僕は思った。向き合うことと、逃げることは違う。その言葉の意味が、ようやく少しわかった気がした。
「僕は、しあわせとは何なのか、自分なりの答えを出したい。そして、ちゃんと向き合いたい」
僕が奪ってしまったものは何なのか。目を背けずにいることが、僕がやらなければいけないことだ。
「だから僕は人間になる」
自分が人間になることでしかわからないことがあるはずだ。
「そっか」
ユタはただ静かに言った。
「それがロイの答えなんだね」
僕は頷いた。
「ミサ、ごめん」
ミサは小さく首を横に振った。
「私もごめん。私はただ……今までみたいに皆と一緒にいたかっただけなんだ」
「わかってる」
僕はミサに言った。
「だけど、僕は晴の『核』を食べようとは思わない。他に、人間になる方法を探そうと思ってる。やっぱり、晴にはたくさん、しあわせを感じてほしい」
僕はそう言った。
「私は、自分のしあわせを捨てるつもりはないよ」
僕は思わず「え? 」と聞き返した。ユタとミサも驚いている。
「私があげるのは『核』だけだよ」
晴はそう言って、にっこり微笑んだ。
「私に考えがある」
晴の澄んだ声が響いた。空気の中に溶けていくその声の響きに、僕は明るい未来を感じた。
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