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いつもの通り、神社で晴と会ってから小学校に帰ると、幸食鬼たちが騒がしかった。校庭に集まって、祭りのような熱気を発している。 「ロイ! 」  ミサが僕に手を振っていた。ミサの手を振る動きは大きく、身体は弾んでいる。僕も軽く手を振り返しながら、ミサのもとに駆け寄った。 「何かあったの? なんか、すごく騒がしいけど」  僕がそう問いかけると、ミサはとても嬉しそうな顔をした。どうやら、明るい話題のようだ。 「新しい仲間が増えたの」 「久しぶりだな。幸食鬼が生まれるのは」  ミサの言葉を聞いて、僕は言った。 幸食鬼は、人間の負の感情が集まって生まれる。人間のように、両親がいるわけではない。突然、集まった負の感情が意思を持ち始めて幸食鬼になるのだ。幸食鬼は大人と子供という区別はない。姿は生まれた時のままで成長しないのだ。  僕は、自分が生まれた時のことを思い出した。自分が何者なのかもわからず、引き付けられるようにこの小学校に辿り着き、皆に歓迎してもらった。その場で「ロイ」という名前を付けて貰って、幸食鬼としての生き方を教わった。僕は、その時のことを思い出して懐かしくなった。  最後に幸食鬼の誕生に立ち会ったのは随分前だったから、すっかりその空気感を忘れていた。そういえば、いつもこれくらいの騒ぎになっていた気がする。僕も、すっかりお祝いモードに入った。  ところが、ミサの口からは意外な言葉が飛び出した。 「生まれたわけじゃないの」 「え? 」  だったら、「新しい仲間が増えた」とはどういうことなのか。 「引っ越してきたのよ」 「引っ越し? 」  幸食鬼の引っ越しなんて、僕は聞いたことがなかった。幸食鬼は同じ所に住む仲間を家族として大切にする。他の地に移るなんて、考えられない。 「限界集落から引っ越してきたんだって。住んでた村の高齢化が進んじゃって、人がいなくなっちゃったから、『核』が取れなくなっちゃったらしいの。それで、仕方なく引っ越しだって」 「そんなことあるんだ」 「最近、増えてるみたいね。こういうパターン」  引っ越してきたという幸食鬼は、皆に囲まれていた。自分たちが知らない他の土地のことを知っている彼の話は、皆の好奇心を刺激しているようだ。実際、彼にはこの辺りに住んでいる幸食鬼とは纏っている空気が異なっていた。どこか、僕たちよりも大人びて見える。僕もミサと、彼を取り囲んでいる輪の中に混ざってみることにした。 「ここは賑やかで活気があって良いね。俺が住んでたところは、寂れていくばっかりで人がどんどん減っていって……。都会に行った若者は誰も戻ってこなかった。そんな村の様子を見て、俺たちは村を出ることにしたんだ」  引っ越してきた幸食鬼が寂しそうに言った。 「そういえば、あんた以外の幸食鬼はどうしたんだ? 同じ村の仲間がいただろう? 」  誰かが、引っ越してきた幸食鬼にそう問いかけた。 「皆バラバラだよ。ここよりもっと都会に行ったヤツもいるし、元々いた村に残ったヤツもいる。誰がなんと言おうとこの村を離れないってね。あとは……人間になったヤツもいる」 「人間になった? 」  僕たちは、彼の言葉に驚いた。この校庭の空気だけ急に落ち着きが無くなってしまったように騒がしい。人間になる方法なんて、僕たちは見たことも聞いたこともない。 「あれ? もしかして、君たち、幸食鬼が人間になる方法、知らなかった? 俺が住んでた村では、語り継がれてきたことだけど」  彼は意外だ、という顔をして僕たちを見た。 「まぁ、知らないってことは、必要ないってことだしな。どうでもいいか、こんな話」  彼はそう言ったけれど、僕は気になって仕方がなかった。皆もそうなのかと思っていたのに、皆は彼が別の話を始めると、そっちに興味を持ち始めたようだった。それは、村からここまでの引っ越しの旅の話で面白いものではあった。だけど、僕はそんなに簡単に興味の対象を移すことが出来なかった。 「……ねえ。ちょっと、聞いてる? 」  ミサに肩を思いっきり叩かれて、我に返った。 「ごめん。聞いてなかった。なんて言ってたの? 」  ミサの顔が怖かったから素直に謝った。それでも、ミサが機嫌を直す様子はない。 「ソムの話、面白いね。ユタも今日は速く帰ってくれば良かったのにね、って言ったの」  なんだ、そんなことか、という顔をしないように気を付けた。あくまでも反省しているように。しおらしい態度でいよう。 「彼、ソムっていうんだ? 」  僕は、ミサの様子を伺いながら話しかけた。ミサは、不機嫌そうな声で「うん」と言った。無視されなかったことにほっとして、 「ユタ、何してるんだろうね」  そう言ってみた。 「知らない」  ミサはそう言って、そっぽを向いてしまった。僕は話しかけるのを諦めた。皆の輪の中心で話をしているソムの方に視線を移すと、彼と目が合った。ソムはにこやかに微笑んでいたけれど、一瞬、その目に冷たい光が宿った気がした。 「ねえ! 」  少し騒ぎが落ち着いた頃、僕はソムに話しかけた。ミサは、そんな僕をちらっと見たけれど、まだ完全に機嫌を直していないらしく、一人でどこかに行ってしまった。 「俺に何か用? 」  ソムは柔らかい微笑を浮かべて言った。 「あの、さっき、幸食鬼が人間になる方法があるって言ってたけど……」  僕が言うと、ソムは溜息を付いた。ソムの顔には、もう微笑みは浮かんでいなかった。さっき一瞬見せた、冷たい目をしている。その冷たい目付きでじっと僕を見つめた後、ソムは言った。 「ちょっと来なよ」  ソムは、こっそり僕を人気のない屋上に連れ出した。 「お前、人間になりたいわけ? 」 「そういうわけじゃないけど……ちょっと興味があって」  僕は、正直に言った。「ふーん」とソムはそっけない反応をした。 「まぁ、そんなに気になるなら教えてやるよ」  ソムは淡々とした口調で話し始めた。 「幸食鬼が人間になるためには、特別な『核』を食べないといけない。普通の『核』は、橙色をしているだろう? だけど、その特別な『核』は晴れた昼間の空みたいな水色なんだ。その水色の『核』を持つ人間は少ない。だから、見つけるのがすごく難しい」  ソムは、僕の目を見た。僕は、早く続きが聞きたくてしょうがなかった。ソムの動作がひどくゆったりしているように感じて、僕は少し苛立った。なぜか、この話を聞かなければならないという焦りが沸き上がってきていた。 「水色の『核』を持つ人間には、ある特徴がある」  僕は、ようやく話し始めたソムの言葉を一つもこぼさないように聞いた。 「それは、幸食鬼の姿が見える、というものだ。水色の『核』を持っている人間は、幸食鬼の姿を認識して、会話をすることも出来る。……そんな人間、見つけるのは難しいけどな」  僕の頭に晴の顔が思い浮かんだ。晴は、水色の『核』を持つ人間の特徴に当てはまっている。晴の『核』が、もし水色だったら。僕は、晴の『核』を食べれば本当に人間になるのだろうか? ふと、そんなことを思ってしまって、僕は動揺した。そんなことを考えてはいけない。僕はもう、誰かのしあわせを奪うことはしたくない。 「……お前を見てると、昔の友達を思い出すよ」  そう言ったソムは何だか寂しそうだった。 「そいつは、『核』を食べるのを嫌がった。人の幸せを奪いたくない、自分のせいで不幸になる人が増えるのは嫌だと言ってた」  僕は、ドキリとした。ソムの言う、「昔の友達」の気持ちが僕には痛いほどわかる。「昔の友達」と僕は同じだ。僕はそう思った。 「あいつは、幸せという言葉に振り回されてた。幸せなんて、立場が違えば何を幸せとするのかも変わる。そんな、不確かな幻想なんだ。人間の幸せは、俺たちにとっては、ただのエネルギー源でしかない。俺たちが人間から幸せを奪って存在しているように、人間だって他の生き物の命を奪って生きている。それは、この世では当たり前のことだ。それなのに、あいつは割り切ることをしなかった。人間に感情移入して、どんどん疲れ切っていって……。それで、人間になることで辛い現実から逃げた」  ソムは、僕を見て言った。 「なぁ。誰かから何かを奪うことを否定したら、この世界の全てを否定することにならないか? この世に存在する限り、必ず誰かから何かを奪うんだから」  僕は何も言えなかった。ソムの言うことがわかるような、わからないような。そんな感覚になった。 「人間になったって。現状を変えようとしたって。考え方が変わらなければ、嫌なものと向き合わなければ、意味ないんだ。俺は、逃げるヤツは嫌いだ」  ソムはそう言って、屋上を立ち去ってしまった。何か言わなければ。そう思った。だけど、何も言えなかった。僕は引き止めることも出来ずに、ただ一人で立ち尽くしていた。  僕は独りだ。  僕は、誰もいない屋上でそう思った。
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