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——俺がやっていることは、正しいのだろうか。  ロイが『核』を食べなくなってから、俺は常にその疑問に向き合ってきた。ロイのため。そう思っているけれど、俺がやっていることはただの自己満足でしかないのかもしれない。  とにかく自分が出来ることをするしかない。  俺はそう思っている。  出来るだけ『核』を一緒に取りに行ったり、『核』を食べることは俺たちにとって必要なんだということを伝えようとしたり。今まで、色々やってはみたけれど、ロイの心は動かせない。今、俺が出来るのは、時間稼ぎしかなかった。  幸食鬼は長い時間『核』を食べなければ消えてしまう。ロイはそれを諦めている節があるけれど、俺はどうしてもそれを防ぎたかった。  だから、俺は料理を始めた。人間が作る料理を見様見真似で作って、その中に細かく砕いた『核』をこっそりと入れる。それをロイに食べさせることにした。少しでも『核』を食べていれば、ロイが消えるまでの時間は稼げるはずだ。  そんなことをしても、意味がないかもしれない。ロイもきっと、望んでいない。  でも、俺はロイに、ただ消えるのを待ってほしくない。  俺は、料理を始めてから、夕方に出歩くことが増えた。料理の材料を手に入れないといけないし、ロイの分の『核』も取ってこないといけない。でも、夜は自分が『核』を食べに行かないといけないから、夕方から動くしかないのだ。  俺は今日も夕方から『核』を取っていた。そろそろロイに『核』を食べさせないといけないだろう。この後、必要なものを揃えたら、小学校の家庭科室を借りて料理を作ろう。  俺は、スーパーに向かった。  小学校に帰ると、なんとなく騒がしい感じがした。普段は静かな校庭に、幸食鬼たちが集まっている。イベントが終わった後の会場に流れそうな、まだ騒ぎ足りない、という空気が流れていた。そんな空気の中で、ミサがぽつんと一人で立っている。その様子が、楽しそうに話している幸食鬼の中で、存在が浮いてしまっているように見えた。 「ミサ」  俺が声をかけると、ミサはのろのろと俺の方へ来た。皆の楽しそうな表情とは対照的に、苛立ったような顔をしている。 「どうしたんだよ。そんな顔して。何かあったのか? 」 「……また、ロイに『核』、食べさせるの? 」  ミサは、俺の言葉を無視して言った。ミサがこんなに不機嫌になるのは珍しい。 「ユタは辛くないの? ロイにはきっと、ユタの気持ちは何も届いてないよ」  ミサは躊躇うように、目を伏せてそう言った。 「幸食鬼が人間になる方法があるって聞いた時の、ロイの目は輝いてた」  ミサは、俺に今日引っ越してきた幸食鬼の話をした。ミサにも詳しいことはわからないらしいけれど、どうやら、彼は幸食鬼が人間になる方法を知っているらしい。そんな方法があるのか、と俺は驚いた。 「ロイには自覚が無いかもしれないけど、ロイは「幸食鬼である自分」を受け入れられてないんだ。私はロイを見ててそう思う」 ミサのその言葉に、俺は激しく共感した。全く同じことを、俺はロイに感じているのだ。ロイは、『核』を食べなければならない自分を受け入れられていない。なぜ、幸食鬼は『核』を食べなければ存在出来ないのか。幸食鬼でなければ、『核』を食べずに済むのに。人から幸せを奪わなくていいのに。きっと、そんな考えがロイの頭に溢れているのだと思う。 「だから、人間になる方法があるってわかった時、あんな目をしたんだ。心の底で求めてた逃げ道が見つかったから」  ミサの声は震えている。俺はそんなミサを見ているのが辛かった。 「私は、ロイを見てて、すごく腹が立つ。だって、私も幸食鬼なんだもん。……ユタは、腹が立ったりしないの? 」  ミサにそう訊かれて、俺はしばしの間考えた。難しい質問だったけれど、俺は自分なりの答えを出した。 「俺は……悲しい、かな」  口に出してみると、その答えが自分の心にしっくりとはまることに気が付いた。そう。悲しいのだ。ただ、悲しい。それ以外に言いようがない。  ロイが相手にしているのは本能だ。  本能は、人間になったところで無くなるものじゃない。  本能からは、決して逃れることは出来ない。生物が本能から解放されるのは、死ぬ時だけだ。そして、俺たち幸食鬼にとって、死とは存在が消滅すること。  俺は、もしかしたら、ロイが救われる唯一の道を閉ざしてしまっているのかもしれない。  それをわかっていながら、俺は時間を稼ぎ続けている。ロイが、自分なりの答えを見つけられるように。  その答えが、明るいものである保証はないのに。 「悲しいけど、俺に出来ることは、これしか無いんだ」  俺は、ミサに微笑んだ。自分でもわかるくらい、ぎこちない微笑みになってしまった。 「やめてよ。そんな顔しないでよ」  ミサがそう言って、俯いた。ミサの頬を伝うものを、俺は見て見ぬふりをした。騒がしかったはずなのに、周囲から音が消えた気がする。この世界には、ミサと俺の二人しかいない。ふと、そんな気がした。 「俺は、ロイに『核』を食べさせ続けるよ。たとえ、ロイが望んでいなかったとしても」  俺は、静かな世界の中で、そう言った。自分に言い聞かせるために。 「家庭科室に行ってくるよ。また、卵焼きを作ってみようと思うんだ。前回、誰かさんに45点なんて言われて悔しい思いしたからな。リベンジだ」  俺がそう言うと、ミサは顔を上げた。 「じゃあ、私は味見してあげる。今回は、せめて60点くらい取れるように頑張んなさいよ」  そう言って、ミサは笑った。俺と比べ物にならないくらいぎこちない笑顔だった。
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