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黒なのか、青なのか、紫なのか。何色、とはっきりとは言えない夜空が僕たちの上に広がっている。この町は、静かで暗い。真夜中だから当然といえば当然ではあるけれども。いつの頃からだろう。人間たちは宵っ張りになった。昔ならこの時間は、世界が本物の闇と無音に包まれていた。だけど今は、ぽつり、ぽつりと明かりが漏れている窓があり、微かな生活音が聞こえる。それが却って静けさと暗さを強調しているように感じる。中途半端にあるのが一番、寂しい。無いなら無いほうが、楽だ。何事も。僕はいつもそんなことを考えている。そして、今日も暗い夜道を歩きながら、寂しいと思っていた。
「ここだ。着いたぞ」
ユタが、まだ新しそうな一軒家を指さして言う。その家の庭には、花壇があり、色とりどりの花が咲いていて、自転車が二台と三輪車が一台、並んでいた。
幸せな家庭。
そんな言葉が頭に浮かんできた。僕はその言葉からそっと意識を逸らす。これからやることを考えたら、その言葉はあまりにも鋭い。
「人間も俺たちも結局のところ同じだ。生きるために何かを奪う」
ユタが、躊躇っている僕を見てそう言った。
「……やっぱり行かないとダメかな」
僕の言葉に、ユタは一瞬困ったような顔をした。けれどすぐに笑顔になって言った。
「今日のはすごく質が良いんだ。お前も絶対に食べたくなるさ」
ユタに促され、僕は自分の存在感を少し弱くしてドアをすり抜けた。家の中は静まり返っていた。住人たちは皆寝ているのだろう。玄関の壁に、子供の絵が額に入れて飾ってある。僕は、絵が視界に入らないように自分の足を見た。
「さっさと行こう」
ユタはもう階段を上り始めている。僕は慌ててユタの後を追った。
階段を登りきると、一番奥の部屋から人の気配が感じられた。開いているドアの隙間から、僕は部屋の中を覗き込んだ。そこには、親子三人が静かに眠っていた。子供の、時々ぴくりと動く手足は、この夜の空気には呑気すぎて不釣り合いに見える。
「ロイ、見てみろよ」
ユタは、子供の掛布団をそっと捲った。途端に、僕は子供から目が離せなくなった。
「これは……! 」
「こんなに綺麗で大きな『核』、久しぶりに見ただろう? 」
僕は、『核』から目を逸らさずに頷いた。『核』は橙色の光をゆらゆらと灯している。その様子があまりにも美しくて、魅力的で、僕は『核』に手を伸ばした。世界から、あらゆる情報が消え、僕の視界に映るのは『核』の揺らめく光だけになる。早くこの光を食べたい。今すぐにでも。僕は、自分の中に抑えがたい欲求が湧き出てくるのを自覚した。でも、指先がもう少しで『核』に届くというところで、ふと脳裏にさっき玄関で見た子供の絵が浮かんできた。僕は、慌てて手を引っ込めた。そして、自分がやろうとしていたことに、自分でショックを受けた。
——幸せな家庭。
さっき意識を逸らしたはずのその言葉が迫ってくる。
「やっぱり食わないんだな」
隣でユタが溜息を付いた。そして、子供から『核』を取り出すと口に放り込んで噛み砕いた。ユタの口から聞こえるボリボリという音を、僕はただ聞いていることしか出来なかった。一体この子供はどうやって生きていくのだろう。それを考えると、胸の奥が疼く。
どうして僕は人の幸せを奪わないと存在していられないのだろう。
——幸食鬼。
人間の恨みや憎しみなどの負の感情から生み出された、怪物。
人間の心の、幸せを感じるところ、『核』を食べることで存在を保っている。
それが僕たちだ。
『核』を食べられた人間は、幸せを感じることが出来なくなる。何をしても楽しいとも思わない。無味乾燥な人生を送ることになる。
『核』は僕たち幸食鬼にとって、必要不可欠なものだ。『核』を食べなければ、幸食鬼は存在を保っていられずに消えてしまう。
それでも、僕は『核』を食べるという行為を受け入れることが出来ない。
人の幸せを奪うことはしたくない。
「最後の一つだぞ。食っちゃっていいのか? 」
僕が黙って頷くと、ユタは父親の『核』を食べ始めた。また部屋の中に、『核』を噛み砕く音が響く。
幸せが壊れて消えていく音が、夜の闇の中に溶けていった。
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