娘の誕生日会

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 裕人がバースディケーキを持って帰宅し、玄関のドアを開けると、廊下を走って来た娘の理紗が「パパ!」と言いながら飛び込んで来る。裕人は急いでケーキを置くと、理紗をギューッと抱きしめた。 「パパ! お帰りなさい!」  理紗が裕人の胸に顔を埋めている。 「ただいま理紗。ごめん、帰るのが遅くなって」  自宅のダイニングは妻が飾り付けたのだろう『HAPPY BIRTHDAY』のバルーンが飾られていて、テーブルの上には色とりどりの料理が並んでいる。どれも娘の好物ばかりだった。  テーブルの空いている中央にケーキを置くと裕人は十本の蝋燭を並べ火を点けた。理紗は大きく目を開いてそれを見ている。 「理紗、何故、ケーキに蝋燭を立てるか知ってるかい?」  裕人の言葉に理紗が大きく首を横に振った。 「知らない。どうして?」  裕人が理紗を優しい瞳で見つめる。 「古代ギリシャで、女神アルテミスの誕生日をお祝いする為にケーキを焼く風習が始まったんだけど、その時にお月さまの輝きを表現する為に、蝋燭を立てて火を灯していたんだそうだ。アルテミスは月の女神だからね。そして蝋燭の煙が天の神様に届いて願いを叶えてくれると信じられていた」 「アルテミス……月の女神さま……」 「蝋燭を吹き消すとたくさん煙が立ち上るだろう。だから蝋燭の火を吹き消せば、どんな願いでも叶うと言われている。だから蝋燭を消すときは願いを込めて消すんだ」  理紗は大きく頷いている。 「じゃあね。理紗の願いはね。毎年、パパと一緒に誕生会が出来ます様に!」  そう言って、理紗は九本の蝋燭の火を一気に吹き消した。その言葉に裕人は理紗をとても愛おしく感じていた。  誕生会が終わり、理紗は自室に戻っていき、和美が片付けを始めた。 「何か手伝おうか?」  忙しく動き回っている妻に声を掛けると 「食器をキッチンに運んでくれれば良いわ。今日は食洗器に全部入れちゃうから」  と言われ、裕人は食器を運ぶとリビングのソファーに腰を降ろして、夜のニュースを見ようとテレビを点けた。九時からのニュースが米軍のアシュワニ国からの撤退について解説している。 (アシュワニは確か中東の……。救急救命の仕事していると世界情勢にも疎くなってしまうよな)  その時だった。突然、テレビ画面の上部に緊急速報のテロップが流れた。
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