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ようこそ、当美術館へ!
古今東西、津々浦々、四方八方、前後左右、天が下からコガネムシの背中の上まで、あらゆるところを探したって見つからない、珍品、希少品、滅多にお目にかかれないレアものばかりを展示しております。
お客さまは、初めてのご来館ですね。ほう、こんなところがあるとは知らなかった。最近できたのかって?
いえいえ、当館、お客さまがこの世にオギャーと誕生したときから、あるにはありました。
はい、あるにはあったんです。その頃、展示品はまだ一つもありませんでしたけどねえ、はい。
ええと、当館ができましたのが、西暦でいうと、おや、お客さまがお生まれになった年と、ぴったりかんかん一致しております。
こりゃ奇遇、神宮、最初はグー。腹ペコマングースはいつでもお腹グーグー、ですね。本日、ご来館なされたのも、これは運命ですか?ウフフ。
おや、さっさく珍しいものを見つけられたみたいで。え、わたくし?このわたくしですか。このわたくしがそんなに珍しいと。
いやはや、それは心外ですなあ。そんなにじろじろ見ないでください。ご存知でしょう、わたくしのことは。
いや、申し遅れました。そうです、わたくしが当館『なくしたもの美術館』の館長、わたくしでございます。
ええ、わたくしが名前です。名字はなにか、ですって?
名字ですか。そんなことを聞かれるとは思っていませんでしたが。なかったらだめですか?
ここは『なくしたもの美術館』なんですが。ないものだけがあるんですけどねえ、ええ。
では、『なくした』とでも名乗っておきましょうか。『やました』とか『さかした』とか『くつした』とか、そんな感じで『なくした』です。
すでにお気づきのように、ここにはあなたが人生の途中でなくしたものばかりが展示されています。
まずはこちらをご覧ください。
はい、こちら。見覚えがありますでしょう?あるけど、こんな渋いものが最初に出てくるとは思わなかった、ですって?
まあ、いくぶん古いものが多いですからね、当館には。ピッカピッカの新品も、ときたまこちらに来ないことはないですけど、そんなときは悲しくなりますねえ、わたくしは。
うわあっ、と。こっちまで酸っぱくなりますね、そんな顔されると。
今すぐご飯三杯かきこみたい?三杯で足りますか?
昔の人は大きなお弁当箱にご飯をぎゅうぎゅうに詰めて、この小さいやつを真ん中にきゅっと入れたものです。
ご飯をこう、3つに分けてね。三分の一は皮で食べて、もう三分の一は実で食べて、残りの三分の一は、タネをしゃぶって食べたものですよ。
ええ、おかずなんてなくても、それで十分足りたものです。昔の梅干しってのは、そのくらいしっかりと塩が効いていたんですね。
今、あなたの奥さんがスーパーで買ってくる、鰹出汁やら蜂蜜やらの、ふっくらしたものとは違います。あれは梅干しじゃなくて梅漬け。こちらは本物、塩と紫蘇と、お日さまの光と自然の風だけで作った、正真正銘の梅干しですよ。
あなたが小さい頃は、おばあちゃんが毎年ビンにいっぱい漬けてくれていたでしょう。
ええ、そうです、実家に梅の木がありましたよね。その木もありますよ。あとで庭をご覧になられたらいいですね。
あっ、お手を触れてはいけません。当館は美術館であることをお忘れなく。
懐かしさに、ついうっかり?わかります、わかりますとも。
子どもの頃はこの梅干しが苦手だったんですよねえ、すっぱすぎて。でも、今となってはこの味が欲しくなるときがある、そうですか。
ほう、ご自分で漬けてみられたことがある。それはなかなか。でも、記憶の中の味にはならなかった。そりゃそうでしょう、あなたの田舎とは空気が違いますから。
みんな変わっていますよ、水も空気も、梅も人も、あの頃とはね。
さて、次へいきましょう。こんなところでいつまでも時間を食っていてはいけません。
なにしろここは、見るものがたいへん多いですからね、特にあなたの場合にはね。
すっぱいものを見たあとは甘いものといきましょうか。はい、こちら、思い出がありますか?
あはは、苦そうな顔ですね。おっと、そんな顔で見ないでください。してやったりってことはないですよ。べつに、いじわるしたわけではございません。
はい、そうです。酒杯です。おちょこです。お酒を飲むための、小さな器です。これも子どもの頃に、あなたがお使いになっていたものです。
もちろん、お酒を飲むためではありません。これであなたは、別のものを飲んでいたんです。なんでしょう。おわかりですね、そう、お薬ですよ。
小さい頃のあなたはね、体が弱くて。よくお医者さんにかかっていましたよね。
いつも甘い味のついた水薬をもらってきて。え、全然おいしくなかった?むしろ無理矢理甘くしてあるせいで、変な味がした?
まあ、お薬ですからね。そもそもがおいしいものではございません。それでも、甘いことは甘かったでしょう?
そうでなかったら、苦くて、とてもあなたには飲めなかったですよ。ええ、ええ、本当です。それはわたくしが請け合いますとも。
あなたのお母さんはね、どうやって飲ませようかと考えたんです。ふと戸棚にあるのを思い出したんですね。
いつかなにかの機会に誰かからもらったものでしょう。一度も使わずにしまいこんであったんですね、きれいなおちょこを。
底に金魚がいるでしょう。お酒を入れると、ゆらゆらと泳いでいるように見えるって仕掛けなんですが、結局、一度も泳ぐことのないまま、ここに来てしまいました。どぎつい色のお薬の中では、泳ぎませんからねえ、金魚は。
金魚、好きだったでしょう。お祭りにいくと、いつも金魚すくいをやりたがって。玄関に置いた金魚鉢で飼っていましたものね。
ええ、すぐに死んじゃいましたね。あなたにつかまる金魚なんて、そもそもが元気のない金魚ばかりなんです。
残念ですけど、そんなに長生きはしませんね。
その金魚ですか?いますよ、ここに。お庭の池で元気よく泳いでおります。金魚鉢もありますが、池のほうがいいんです。生き物ですからね。
生き物、好きだったでしょう。バッタやセミをつかまえて。スズムシを飼っていたこともありましたよね。
子どもの頃は虫が好きなものなんですけどね。大人になると、なんでしょうね。なんか触りたくなくなりますね。
せいぜいが蚊を潰すぐらいで、今やゴキブリでさえ素手で触れない。あ、これは昔からですか。
もう金魚すくいはしないんですか?いや、大人ですからね。子どもに混ざって金魚すくいに夢中になるなんて、みっともないですよね。
金魚すくい?それはここではできませんよ。ここじゃなくてもできるでしょう?
さあ、それでは次の展示にいきましょう。
ここは…、あらあら、そんなに顔を輝かせて。いつ以来でしょうね、あなたがそんなふうな顔をするのは。
いくつになってもね、こういうものを見ると、そんな顔になってしまうものですよ。
ええ、ええ、その顔には見覚えがあります。いい顔ですよ。
ここにあるものは、お手に取ってご覧になられてもかまいません。
おや、早速、待ち切れないと見える。ほんとに、子どもと一緒ですね。変わりません、いつまでも。
あ、もちろんいうまでもないことだとは思いますが、手で触るだけですからね。口に入れてはいけませんよ。
今のあなたはそんなことしませんって?ごもっとも。
ウフフ、懐かしいでしょう。めんこです、めんこ。といっても、本物のめんこではなくて、あなたが集めた牛乳キャップです。
ぎゅーっと重しをかけて平たくして、めんこみたいにして遊んでたんですよね。
ほんと、男の子って、どうしてそんなものを面白がるんでしょう。他にもアニメのキャラクターの消しゴムに、あなたが泥棒削りにした鉛筆。
今でもいるんでしょうか、こんな削り方をする子どもは。
ああ、そっちはお人形さん。え、そんないい方はしないでくれって?
フィギュアだ、フィギュア?ハイカラな名前を知っていますね。ロボットも怪獣も、お人形さんには変わりないでしょう?
かわいくいったっていいじゃありませんか。
そのロボット、後ろをご覧になってください。そう、あなたの名前が書いてありますよね。誰が書いたものですか?
そう、あなた。あなたの汚い字で書いてあります。
え?今はもっときれいな字を書くんだ、ですって?どうですかね。おや、そんな怖い顔をなさらずに。冗談ですよ。
それで、そのロボットと怪獣は、どうやって遊ぶものでしたか?
そうそう、そうでしたね。そうやって、戦わせて遊んでいたんです。
男の子って、どうしてそういう遊びが好きなんでしょうね。ロボットと怪獣は仲良くお花摘みにいってはいけないんでしょうか。わたくしだったら、そういうお話を作りますけどね。
あら、ロボットが怪獣に踏み潰されそう。ピンチです、ピンチ。ピンチになると、戦闘機がやってくるんでしたね、はい。
ほらきた、バビューンと、飛んできた。それも翼の裏にあなたの汚い字で名前が…、って、もういいですか?もう面白くなくなった。あ、そう。
はい、わたくしが喋りすぎたせい。そんなことはないでしょう。では、次にいきますよ。
ここでは、お喋りなわたくしも貝のように口を閉じております。
え、ここの展示室にはなにもない、ですって?はい、見たところガランとしていますね。
でも、ちゃんとありますよ、空気。なに、そんな子どもみたいな冗談はいらない。いえいえ、冗談ではございません。わたくしはときにふざけることもございますが、冗談は申しませんよ。
ねえ、耳をすませてみてください。なにが聞こえますか?
ほらね、そうそう。聞こえてきたでしょう、音が。音は空気の震えですよ、ほっほっほっ。
懐かしい。そうですか、青春時代を思い出す。
あの頃のあなたは、こんな妙ちくりんで変てこりんな音楽を、ありがたいと思って聞いていたものです。
ああ、もっと音を小さくしてください!頭が割れそうです。こんなのは音楽とはいえないなあ。ただ叫んでいるだけ!
おや?おやおや、おやおやおや。怒りましたか?
そうでしたね。こういうことをいわれると、あなたはムキになって反論していましたよね。
ええ、わかってます。これがいかに音楽として優れているか、10も20も理由をあげて説明することができるんでしたね。
わかっていますって。こう見えてこのわたくし、あなたのことはなんだって知っているんですから。この曲もさんざん聴かされてきましたしね。
でも、後生ですからもう少しボリュームを小さくしてもらえませんかね。
はいはい、そうそうそう。曲が変わりましたよ。ああ、落ち着いた。
いいですね、これぞ音楽というものです。
目を閉じてください。夕焼け空に赤トンボが飛んでいます。
田んぼの畦道、用水路。よくドジョウやザリガニをつかまえて遊びましたっけ。
あの頃はタニシにゲンゴロウ、タイコウチまでいましたよね。水がきれいで、自然が残っていたんです。
おや、猫じゃらしを自慢げに振り回して、男の子がやってきますよ。ほっぺに泥をつけて、まあ、わんぱく坊主。
掠りの着物に下駄履き、マルコメ頭。教科書を風呂敷に包んで、って、え?そんなに古くないって?わたくしにはこう見えるんですが。
そうですか、ランニングに短パン、ランドセル。頭はかっこよくスポーツ刈り?お風呂だって家にあった。これはこれは、いいとこのお坊ちゃんですね。
でも、どうですか。音楽って、こういうものじゃありませんか?
ほら、今度はお月さんでウサギが跳ねていますよ。やあ、海だ、海だ。クジラの潮吹きだ。おや、山寺では、お坊さんがタヌキにいっぱい食わされちゃった。
なかなかやりますねえ、タヌキも。ねえ、心がウキウキしてくるでしょう?
あっ、また曲が変わりましたね。今度のはなんですか?
お母さんが、お塩とお砂糖を間違えちゃった。塩辛いクッキーに、甘いお漬物?ドジですねえ。
お父さんは、慌てて背広を着て会社にいったら、日曜日だった。こりゃ愉快。あなたは?シャンプーハットのUFOで、宇宙一周大旅行?風邪ひきますよ、裸だと。
こんな面白い歌があったんですか。どこのレコード屋さんにも売ってませんよ、こんな歌。
いったい、誰が作ったんでしょう、天才ですよ、天才。こんな歌を作れるのは。
え、なになに?昔よく聞いたことがある。よく歌っていた。誰の歌かって?そうです、あなたですよ、あなた。
子どもの頃のあなたは、よくこうやって自分でいろんな歌を作って遊んでいたものです。ギターもピアノもハーモニカもありませんでしたけど、なにかにつけてはいろんなことを歌にしていたものですよ。あの創造性はどこにいってしまったんでしょうね?
これはなにかな?夜トイレにいったら、トイレトイレトイレ〜。おや、楽しそう。トイレトイレトイレ〜。あとはこれの繰り返し。
無事、布団に戻るまで、トイレトイレトイレ〜。この繰り返し。
最高。やっぱりあなたは天才です。こんな曲を聞いた日にゃあ、モーツァルトだって尻尾を巻いて逃げ出しますよ。
この曲の楽譜はあるのかな?なに、楽譜には起こせない。この曲を演奏できる楽器もない。歌えるのは、あなただけ。スンバラシイ!
だったら、わたくしが歌ってもいいですよね?トイレトイレトイレ〜、トイレトイレトイレ〜。
気に入りました。これから夜中にトイレにいくときは、いつも歌います。トイレトイレトイレ〜。
さあ、次にいきましょう、いきましょう。太陽はだいぶ西に傾いてきました。閉館時刻も、もうまもなくです。その前に、どうしてもお見せしたいものがございまして。
あ、でも、どうしよう。やっぱりやめようかしらん。いえね、わたくしは別によろしいのですけど、あなたの心の準備がいかほどかと思いましてね。
なに、どうしても見たいとおっしゃる。ここまで期待を持たせておいて、見せないというのはなにごとかと。
しょうがないなあ。じゃ、いきますよ?ほら、ああ、ああ!そんなになっちゃって。
まあまあ、膝から崩れ落ちちゃってからに。
え、ただ膝立ちしてるだけだって?強がりをおっしゃい。うわぁ、もう顔中、涙でいっぱい。
え、涙じゃない?よだれですって?自分のじゃない、少し黙っててくれ?
はいはい、わかりましたよ。感動の再会にわたくしのお喋りは無粋というものです。
あ〜、あ〜、もう、くっちゃくちゃですね。でも、いい笑顔ですよ。こんな笑顔、ついぞ見たこともない。
いいんですか?服に爪を立てられますよ。その服、お高いんでしょ?子どもの頃に着ていた白いランニングシャツとは違いますよ。
あら、わたくしのいうことなんて、もう耳に入らないごようす。
でも、なによりです。そんなに嬉しそうなあなたの顔を見れたんですから。アハハ、もう毛まみれですね。
いえ、あなたですよ、あなた。上から下まで毛をかぶって、まるであなたまでワンちゃんみたい。
そのワンちゃん、あなたが子どもの頃にかわいがってあげていた、ああ、マロンっていうんですか。
栗毛だからマロン。あなたが付けたんですか、ハイカラな名前を付けますねえ。わたくしはタロウと呼んでいますけどね。
ええ、その犬の元々の名前はタロウっていうんです。タロウっぽいでしょ?純日本風の顔をしていますからね。あなたにマロンと名付けられた、その名前で呼ぶのは一人だけでしたよね。
そう、その犬はあなたの家で飼っていた犬ではありません。家の近所をうろついていた、野良犬です。
昔はね、今と違って、よくそこらへんを野良犬がうろうろしていたものですよ。今じゃ滅多に見かけなくなりましたけどね。
あの野良犬たちはどこにいったんでしょうね。みんな保健所に連れていかれてしまったのでしょうか。
わたくしね、思うに犬というのはね、遠からず蚕と同じになると思うんですよ。人間の手によって繁殖を管理されたものしかいなくなる。そのうち犬の抜け毛で糸を作るようになります。
これは脱線しました。その犬に戻りましょうね。親御さんたちからは、狂犬病を持っているから近づくなって、いわれていたんですよね。
でも、あなたはこっそり給食のパンなどを持ち帰って、あげていたわけです。おこづかいを貯めて、ドッグフードを買おうと計画したりしてね。
ご両親に内緒で、マロンを飼おうと思った。でも、バレちゃったんですよね。
いくら内緒にしようったって、白いランニングシャツに栗色の毛をいっぱいつけて帰ってくるものですから、外国人の友達が転校してきたって苦しいいい訳をしても、無理ってなもんです。
冬毛と夏毛が生え変わるお友達なんて、いませんからね。
実はマロンはね、昔、人に飼われていたことがあったんです。だからあなたにも、よく懐いたんですね。
もちろん、狂犬病の注射も接種済みですから、ご心配なく。
それはそうと、ある日突然、マロンはいなくなってしまったんです。あなたは大泣きに泣いて、街中探して歩き回りましたっけ。
似たような栗毛の犬を見かけては、マロンって呼びかけてみるんだけど、牙を剥かれるばかりで、あなたに尻尾を振って近づいてくる犬はいませんでした。
どこかの飼い犬になっていやしないかと、人の家の庭先を片っ端から覗いてまわりましたけど、ワンワン吠えられて悲しい思いをしましたね。
結局、マロンはどこにも見つかりませんでした。きっと保健所に連れていかれてしまったんだ、自分はなにもできなかった。自分がもっと大人だったら、もっと自分に力があったら。
あなたは深く傷ついて、自分を責めて暮らしましたっけ。
ええ、そうです。ここだったんですよ。保健所じゃありません。マロンはここにきたんです。
ここは、そういうものばかりが集まる美術館なんです。あなたがなくしたものは、みんなここにきて、楽しくやっていますよ。
だから、どうか顔を上げて。あらあら、これはよだれですか、それとも涙ですか?もう、ぐっしょぐしょ。
心の傷口が開いてしまったのですね。こんなところにマロンがいたなら、なんでもっと早く知らせてくれなかったんだ、ですって?
やだなあ、怒っちゃいやですよ、怒っちゃ。だってあなた、今まで前ばかり向いてきたじゃないですか。わたくしはいつもここにいましたよ。
ただあなたがちょっと、ほんの少しだけちょっと、人生を振り返ってくれればよかっただけです。
当美術館の扉は、いつでも開いておりますから。
でもね、それでいいんですよ。そう、しょっちゅうここにこられても、わたくし困ってしまいます。
マロンのことでは、あなたは深い傷を負いましたけど、立ち直ったでしょう?
こんなに立派になられたではありませんか。もう、白いランニングシャツではありませんよね?わたくしは今も愛用しておりますけどね。
思うに、心の傷というのは、決して癒やされることはないのでしょう。人間にできるのは、ただその上に楽しい思い出を塗り重ねていくことだけ。
でも、ときどきは思い出してください。あなたがなくしたものは、みんなここにあります。あなたはなにもなくしてはいないんです。なにも、なにも。
ただし、扉を開けて入ってくるのは、ときどきにしてくださいね。わたくしにだって、お休みが必要ですから。
いつでも入ってこられるよう、フリーパスは渡しておきますけどね。
ああ、そろそろ閉館時刻ですね。蛍の光が聞こえてきました。この曲はね、どこでもかかるんです。なにかが終わるときにはね。
あなたの作った曲もいいですけど、閉館時刻には、やっぱりこれでなくっちゃね。
さあ、今あなたにお見せするものは、すべてお見せしました。次にお会いできるのは、いつになりましょうか。
ん、おや?どうしました、そんな目でわたくしをじいっとお見つめになられて。
なにか珍しいものでもありましたか。
え、わたくしのこと、どこかでご覧になられたことがある。おや、他人事とは思えない?
ウフフ、気のせいでしょう。他人の空似ということもありますからね。
では、わたくしはタロウと、いえ、これからはマロンと呼びましょうか。マロンと遊ぶことにでもします。
マロンはわたくしには、よく懐いていますからね。おいで、マロン。おまえの好きな、給食のパンでもあげようかね。
ええ、わたくしはいますよ。ずっとここにいます。決してなくなったりはしませんので。
それでは、いくとしましょう。自分が作った歌を歌いながら、ね。トイレトイレトイレ〜、トイレトイレトイレ〜。閉館にございます。
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