祈りのように

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                -10-  お茶をいただいてから、二階へ上がった。疲労や、時差ボケで、頭が重かった。僕は服を着たままベッドの上に大の字になると、気を失うように眠った。  夕方、おばさんの声で目を覚まし。頭が重いまま、一階へ降りた。おじさんたちは、もう外套を着て外出の準備をしている。10月初旬のメリーランド州は、日本と同じ秋。陽は半分暮れて、風が肌寒かった。僕たちはおじさんの『セントラ』に乗って、家を後にした。  住宅街を出て、郊外の道を走り、車分で20分ほど走ると巨大なショッピングモールが現れた。その少し外れの、木々が生い茂る閑静な場所に、2階建ての小さなレストランがあった。おじさんが建物の横に車を停めた。僕たちは車から降りた。 「とてもおいしい日本食レストランなんだよ」  おじさんが僕に言った。  アメリカに来て、いきなり日本食? と思ったが、僕は黙っていた。あとから思えば、(日本人が)アメリカでおいしいく食事ができる場所は限られていて、おじさんたちは僕を歓迎する意味でここに連れてきたのであった。実際に、僕は後にアメリカンフード漬けの毎日で苦戦してゆくことになる。  レストランに入ると、落ち着いた電球色の関節照明の下にカウンター席とテーブル席があった。接客しながらテレビを観ていたマスターがレストランに入ってきた僕たちに気が付いた。 「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます!」  おじさんはこの店の常連のようだった。 「どう? レッドスキンズは」  おじさんがマスターに聞いた。僕には何のことかわからなかった。テレビを観ると、アメリカンフットボールの中継が流れていた。アメフトのチームの名前なのだろうかと思った。 「レッドスキンズはメリーランド州に拠点を置くアメフトのチームよ。アメリカでは野球よりもアメフトの人気が圧倒的に高いの。みんな夢中になってる」  おばさんが教えてくれた。僕にはアメリカの人気スポーツと言えば「メジャーリーグ」のイメージしかなかった。レッドスキンズの小豆色のヘルメットのサイドには、アメリカの先住民族の「インディアン」の絵が描かれている。インディアンの肌の色をイメージした、チーム名となっている。(現在では、その名称は人種差別に当たるとして、別のチーム名となっている) 「今日はお客さんを連れてきました。僕の甥で、ジョージタウン大学で勉強をします」  おじさんは僕の名前をマスターに言った。 「へえ、すごいですね。ジョージタウン!」 「ジョージタウンの語学学校です。英語を勉強します」  僕が補足して言った。 「ああ、EFL "English as a Foreign Language" ね」 「そうです」  流暢な発音のマスターに僕はたじろぎながら言った。  僕たちはカウンター席に座った。この店の名は『SAKURA』。寿司レストランだった。店内にも何人か客がいて、みんな日本人のようだった。レッドスキンズが攻勢になると、店内の客は歓声を上げた。 「タケちゃん、好きなものを頼めばいいよ。ここの寿司は下手な日本のすし屋なんかよりもずっと旨いんだよ」  おじさんが言った。 「ここはアメリカなのにおもしろいですね」  僕はあたりさわりのないことばかりを話した。
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