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セントパトリック大聖堂を出てバスは五番街を走り、セントラルパークを回って再び北の港の方へ向かった。白人のドライバー兼ガイドのおじさんは「(次はチャイナタウンーへ行ってそこで夕食を取ります)」と言った。日は暮れてゆき灰色の曇り空が少しオレンジ色に変わった。
マンハッタン島の北に位置するチャイナタウンは狭い道路の両端にびっしりとゆがんだ建築の灰色の低層のビルが立ち並び、赤、青、黄色、緑であふれた漢字記載の看板がひしめき合い、多くのアジア系の人々が歩道を埋め尽くすように歩いていた。白人や黒人が少ないその街はアメリカの大地に、かさぶたのよう張り付いていた。僕が一瞬見ただけで、どれほどの違法建築で、どれほどの違法入国者がいることだろうと思った。ワシントンの中華街も大規模なものであるが、ここではより広く中国人がのさばっていて、アメリカに対する遠慮が感じられないと思った。
バスが中華料理店の前で止まり、僕たちはバスから降りて店の中に入った。広々としているが、装飾や店の作りや照明が雑な中華料理店に入り、何台もある大きな円卓に5名ずつくらい座った。白人のおじさんはすかさず僕の隣に座った。いろいろ話しかけてきたが、僕は適当に返事をした。
店は僕たちの貸し切りだった。赤い中華の制服を着た数人の若い女性たちが大きな皿で料理を運んできて、それを次々と円卓の中央のターンテーブルに並べていった。白人のおじさんをはじめ、みな、ターンテーブルの使い方がわからず、料理の取り方がわからないようだったので、僕とアキオがターンプルを回して料理を取っていくと"Oh!"と言ってほかのみんなもそれをまねした。
"This turntable is a great idea. Chinese are geniuses!"
(このターンテーブルのアイデア※はすごいね。中国人は天才だね!)
白人のおじさんが言った。
※中華円卓は日本人が発明したものである。
料理は品数もそれほど多くなく、盛り付けも味付けも雑であった。国際学生寮の食事よりはマシだったが、僕もアキオもあまり食べなかった。
「なんでニューヨークで中華料理かな? 旨いならまだしも、なんか最悪なんですけど! これならバーガーキングの方がましだぜ」
アキオが日本のものとは何か違う妙な光沢を放つ白米を食べながら言った。
「そうですね。ツアーでここは必要なかったかもしれないですね」
"What are you talking about?"
(何を話してるんだい?)
白人のおじさんが割って入ってきた。
"It's strange that there is a China in America."
(アメリカの中に中国があるのはなんだか不思議だねってことです)
僕が言うと、白人のおじさんは誇らしげに
"America is a great country that accepts all cultures. We accept black people, homosexuals, and all religions. America is the best country in the world, except for its economic power overtaken by the Japanese. You Japanese."
(アメリカは全ての文化を受け入れる偉大な国なんだ。それに黒人や同性愛者やいかなる宗教もね。アメリカは世界一の国だ。日本人に抜かれた経済力以外はね。君たち日本人にね)
と僕たちを見て笑った。
他のツアー参加者たちは、それなりに中華料理を楽しんだようだった。食事が終わったころ、ガイドの白人のおじさんが立ち上がって言った。
"Come on everyone, let's buy lots of souvenirs here!"
(さあみなさん。ここでたくさんのお土産を買いましょう!)
すると、長方形のレストランの一面の壁に不自然に張られていた赤い幕が開いた。幕の向こうは想像以上に奥行きのある、土産物や骨董損がぎっしりと並べられたショッピングセンターとなっていた。
「は? これが目的か! きっと土産品の売り上げに対してツアー会社にバックマージンが入るんだぜ。それでここに連れてきたんだ」
アキオが言った。僕はなるほどと思った。僕やアキオはもちろん何も買わなかった。そもそも中華系のお土産など買う理由がない。ほとんどの客が何も買わずに店から出てバスに戻った。もうすっかり日が暮れていた。
そのあとバスはマリオットホテルにまで戻り、ツアーは終了した。バスから降りるとき、僕は運転席にいる白人のおじさんに"Thank you"と言ったが、おじさん※は何も言わずにそっぽを向いた。
※結局このおじさんの名前は思い出せなかった。
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