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空は青い、ずっと、青く、黒く、赤く、虹に、肌色に、桃色に、鮮やかに、黒焦げに、輝き、燻る、曇る、淀む、荒む。
私は今日、”空”になった。
私の前を若い女性の一団が、遠足に向かう幼児たちが、会社へと向かう者が、買い物に行く、会社に行く、公園で昼寝する、様々な者が「空」になり、風になって私の前を通り抜けて行く。
私の体も透けて、風に溶けて、やがて流れて雲になるだろう。
疑いたくはないが、「あんな事をした」私が他者と溶け合って「雲」になってくれるのか、下らぬ心配をした。
「杞憂だな」
みな、手を繋ぎ、明るく歌を唄い、回り跳ね飛び、明るく、時に静かになりながらも溶け合い、お互いに寄り添い、そして雲が重なり、雫は雨になっていく。
心が徐々に透き通っていく、重くも無く、軽くもなく、熱いとも、冷たいとも、感情も、意識も、記憶も、そう、欲望も、何もかもがゆっくりと薄れ、優しく溶け合っていく。
子供の頃に無性に食べたかった、そう「あれ」に似ている。
甘く、さらっと口の中で溶けてしまう「あれ」だ。大きく全力で口を開けて食べるのに、「空気」ように甘い記憶だけを残して「さっと」消えてしまう。
「空」は誰にでも優しかった、私の様な「間違い」を犯した者にでもだ。
はずだった、、
そして、わたしはずっと「空」のままであった。
次の日も、その次の日も、そのまた次の日も「空」のまま、雲になる、雨になり大地に海に「戻って行く者」をただ見ているだけの存在になっていた。
母なる大地は、私を許してはくれなかった、汚した、間違いを犯した者には。
雨になろうにも、雲にもなれず、ただ「空」にあるだけの。
母なる大地を汚した「過ち」は、私をずっと「空」として留め、戻れる事は無かった。
ずっと、ずっと、ただ明日も明後日も、と。
それが「間違いを犯した者」への母のからの「お仕置き」なのだろう。
叩かれ、叱られ、怒鳴られる方がどれ程心地よい事か、何もないただ通り過ぎられていくだけの存在に、許すと言う言葉はどこまでも虚しく響く。
「おはよう」も「ありがとう」も無い、ひたすらに「空になった者」が通り過ぎて行くのを見ているだけだ。
大地を汚した罪はどこまでも重く、許して貰いたいと帰れる家は無く、大地と空の果て程の距離と隔たりがあった。
私は黒く汚れ燻った母なる大地に横たわる、数々の人の亡骸を見て思った。
どこまで謝罪しても、許して貰える事は無いのだろうと。
どこかの誰だか分からない奴が、巨大なテーブルに伏せて、体中を穴だらけにされ、血まみれになったままで、捨てられている。
こめかみにはどす黒く変色した穴が開く、その「者」だった物は、今では人が通る度に石をぶつけられ、銃で撃たれ、体を切り刻まれ、唾を吐きかけられる。
世界の、どこにも、優しい場所は無かったと悟った男は。自らが先に、人の優しい心の拠り所を汚し潰したからだと。
謝罪の出来ない、報いは続く、どこまでも。
痛みでも、苦しみでもなく、ただ、ひたすらに「空」としての存在に。
人を「無」にした「無悔い(むくい)」こそが、己の存在価値なのだろうと。
誰が「空」の横を通ろうとも、ただ通り過ぎて行く、誰も気が付かない。
男は「空」なって、やっと自分のして来た事を後悔いし、反省した。だが、もう許しを請える者は、どこにも居なかった、全てが遅かったのだ、と。
空はどこまでも青く、澄んで、濁る事も無く、ずっと、ずっと、透き通って、優しい風を通している。今日も私は、「空(から)」である。
あの日以来、大地には戻れていない、私は。
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