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「あら、乙華。誰を探しているんですの?」
『わかんない......。でも、なんか足りない気がして』
次の日のお昼休み。私は凛と机を囲んでお弁当を食べていた。お弁当(もはや重箱である)を既に9割ほど駆逐した凛はデザートは譲らないぞという顔でこちらを見ている。黄金色に輝くーーアップルパイ。
「あら、ひもじいのでしたらご両親に働き口を紹介してあげますわ」
『そういうのじゃなくて。ええっと』
なんだか誰かが足りない気がする。でも、誰かが思い出せないのだ。
『あのさ、変な話なんだけど。もう一人居なかったっけ?』
「もう一人?」
『なんかこう、変なんだけど。誰かを忘れてるような』
「変な乙華ですわね。でも、そう。確かに。私もなんだかそんな話を昨日したような......。ダメですわ。靄がかかったようで何も思い出せない」
何かねっとりとした刺激のようなものが足りないのだ。足りなくて、それはそれでスッとするのだけれど、何か一つ物足りない。
『ジンジャーの無いアップルパイみたいな』
「あら、私アップルパイはシナモン派ですの」
お互いに何も思い出せず、ふわふわとした違和感だけが残った。けれど、たわいもない会話をしているうちにその違和感すら忘れてしまってーー私たちは昼休みの会話を楽しんだのだった。
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