第二話:探偵稼業

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第二話:探偵稼業

「・・というわけで。こちらが奥様にお渡しする予定の調査報告書なんですがね、一度ご主人にも目を通していただきまして訂正箇所があればお聞きしたいのです」  ビジネス街の喫茶店の奥まった席で俺の目の前に座っているS商事の営業部課長、早川悦治は、俺の手渡した書類を青ざめた顔で眺めていた。そこには早川と部下の女性社員との不倫の詳細が書かれてあり、ラブホテルに出入りする瞬間の写真が添えられていた。 「あの、この報告書の訂正にはいくらほどかかるんですか?」  早川が怯えた顔で俺に訪ねる。 「そんなに怖がらなくても正規の料金で結構ですよ。ただ一からの書き直しとなりますと、調査料金全額を頂かなればなりませんので・・よし、端数はサービスします。必要経費込みで30万円ちょうどにしておきましょう」 俺は努めて穏やかな表情と声でそう答えた。 「30万?それだけ払えばすべて訂正していただけるのですか?」 「はい、不審な行動は見当たらなかった、奥様が疑念を抱かれていたご主人の行動はすべて会社の業務であったと訂正いたします」  早川の顔に安堵の表情が浮かんだ。この後は早川と共に近くの銀行へ行き、金を引き出させ受け取れば今日の仕事は完了だ。  俺の仕事は探偵だ。  探偵小説やハードボイルドみたいにかっこいい仕事が出来ればよいのだが、生業にするには仕事を選んではいられない。  大手の調査会社とは違い俺のような個人事業主は広告費も使えないから、待っていても依頼客は来ないのだ。だから捕まえに行く。  早川のケースでも俺は奴の妻から依頼を受けたわけでない。ホテル街で張り込みをして目に付いた不倫と思われるカップルを尾行しただけだ。調査に費やした日数は3日で売り上げは30万円。あまり割りの良い仕事とは言えないが、欲をかいて高額請求し過ぎないのがこの仕事を長く続ける秘訣である。支払いに困って警察に泣きつかれたら元も子もないからだ。  早川から金を受け取った俺は、ひとまず事務所に戻って仮眠を取ることにした。  俺の事務所は風俗街の裏通りにある古いビルのペントハウスである。  その事務所の扉の前に痩せた女が立っていた。デリヘル嬢で確か綾香とかいう女だ。  2、3度客になったことがある。 「どうした綾香?今日は呼んでないぞ」 「探偵さん、助けて・・・」    久々の依頼人である綾香には17歳で産んだ静香という中学三年生になる娘が居る。父親は綾香の妊娠を知って逃げたクズだが、まあこれはよくある話だ。  綾香は水商売や風俗の仕事をして静香を育て上げたのだが、この娘どうしたわけか性格は真面目なうえに学校の成績がすこぶる良い。綾香は娘には自分のような人生を歩ませたくないと、学費を稼ぐために一層仕事に励んでいたわけだが、ここで悪い奴に目を付けられた。静香の担任教師の後藤である。  後藤は綾香の職業を嗅ぎつけると、綾香に強請りをかけてきたのだ。  静香の内申書をどうにでも操作できる後藤は、最初は綾香に無料のデリのサービスをさせていたのだが、最近はエスカレートして金銭まで要求し始めたという。 「昨日、後藤から電話があったの。静香が希望している私立の名門S学園に特別推薦するから、今日の午後5時に家庭訪問して相談したいって」 「ふん、何か新たな要求をするつもりだな。いいだろう。きっちり『調査』してやる」    翌日の午後。  静香の通う中学校の近くに在る喫茶店の奥まった席で、俺の目の前に座っている後藤は、俺の手渡した書類を青ざめた顔で眺めていた。 「・・というわけで。この調査報告書と家庭訪問時の様子の録音をあなたの奥様、勤務校の校長、教育委員会にそれぞれ渡すつもりなのですが、その前に後藤先生に何か訂正事項があればお聞きしようと思いまして」  俺はボイスレコーダーの再生スイッチを押した。後藤と綾香の会話が流れる。 『お礼はいくらでもってね、そりゃいただくけどね。でもそれだけじゃ特別推薦はやれないよ。あっちの方ももっとちゃんとやってもらわなきゃ』 『・・・わかりました。では明日、いつものホテルで』 『あのさあ、進学するのは静香君だよ。そろそろ本人の努力を見せてもらわなきゃな。僕がちゃんと個人指導してあげるから、明日は静香君を寄こしなさい』  俺はボイスレコーダーの再生スイッチを切ると、努めて穏やかな表情と声で言った。 「後藤先生も静香君と同年齢の娘さんが居るんですってね。悲しむだろうなあ、こんな録音を聞いたら・・・私もね、娘さんをそんな目には合わせたくないんですよ。そこでご相談なんですが・・・」 この調子なら綾香に調査費用を請求する必要はないだろう。仮に請求してもこれからS学園に進学することになるであろう娘の学費で精一杯で払えないはずだ。  欲をかき過ぎないのが、この仕事を長く続ける秘訣である。
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