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さて……と、いう訳で今日から僕はインク鳥の餌──「本の虫」として、働き始めた。
今まで本は読む側だった僕が、間接的とはいえ書く側のお手伝いができるのは胸が躍った。
田中さん曰く、読書量が多い本の虫の記憶ほど、インク鳥には栄養があるそうだ。記憶を食うと言うので、読んだ記憶が無くなるのかと焦ったが、そんなことはない。
食べるというより、覗いて経験しているという方が近そうだ。そして様々な本の定番、面白い展開のパターンを学び体内に物語を作る。AIの学習機能に近いらしい。
「最近はAIを利用した小説の作成も話題になっていますが……奇遇にも私たちはインク鳥を使って似たようなことを昔からしていたのです」
と、田中さんが教えてくれた。歴史は古く、なんと江戸時代からこのような活動をしていたらしい。当時は秘密結社のような形で活動していたが、やっと戦後になって出版社として正式に表に出れるようになったらしい。
「なんで秘密結社のような形を?」
「江戸時代の頃はともかく、戦前や戦中は検閲が厳しかったので……インク鳥が作り出す物語は、生まれる経緯からもお分かりでしょうが……人々が『面白い』と思う話、またはその時代に求められるような話です。実際、戦中にインク鳥が作り出した話の中には、『反戦』をテーマにしたものが少なくなかったとか」
「それは隠れて活動しないとダメですね」
当時のインク鳥たちが、食べた「本の虫」たちの記憶……おそらく、そこには戦前に読んだ平和な世界の本、そして「早く戦争が終わってほしい」という思いが強く反映されてしまったのだろう。
「『本』とは素晴らしいものですよ、平井さん。芸術もですが、人がそれぞれ思ったことを表現できるということは、それだけ平和だということなのですから……国によるプロパガンダのような検閲がないということだけではなく、例えばミステリー小説やデスゲームを舞台にした本がウケるのだって、それだけ『人の死』が非日常的な内容だからです。平和だからこそ、それらが刺激的に感じるのです……まぁ、あまりにも残虐な場合は、さすがに規制しますが」
田中はしばし黙ったあと、続けて言った。
「平井さんは、本は何のためにあると思いますか?」
田中さんの問いに僕は、すぐに応えることが出来なかった。
「そんなこと考えたこともなかったです。ただ読むのが『楽しい』としか……すみません」
「謝らなくていいんですよ! それも答えの一つだと思うので」
そう田中さんは言ってくれた。昨日の僕までなら、そこまで気にしなかっただろう。だが、今日から「本の虫」として本を作る側に入った僕の心には、のどに刺さった小骨のように引っかかり続けた。
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