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その後もアノニマス社として働き続けていると、もちろんだが自分以外の「本の虫」とも知り合った。幅広い年齢層に売るためか、年齢層は様々だ。
僕くらいの二〇代もいれば、定年退職した老婆がいたり。彼女──白鳥さんとは同じ本好き、本の虫なのですぐ仲良くなった。
けれど、いつものように僕らの職場である書庫に来た「本の虫」には驚いた。
制服を着た女子学生だったからだ。見たところ、高校生だろうか。僕はちょうど本を読み終えたところで、扉の近くの本棚にいたので少し驚いた。
「こんにちは……君も『本の虫』なの?」
「そうだけど、何」
と、挨拶をしただけで、つっけんどんな態度を取られて僕の心は折れそうになった。終業後、僕は白鳥さんに女子高生に聞いてみた。
「あぁ、あの子は『美波ちゃん』って言ってねぇ……田中さんの娘よ。アルバイトみたいな感じで学校終わりに来るの」
「へぇ~田中さんの」
「でも、平井君。彼女、昨日も一昨日も来てたわよ」
「え? 全然、気づかなかったです」
「本当、平井君の集中力はすごいわねぇ……私みたいな老人は、耳も感覚も鈍くなって鳥さんに突かれても気づかないだけだけど」
なんて、白鳥さんは笑いながら自虐ネタを言う。
「いや、白鳥さん。全然耳遠くないじゃないですか」なんて、いつものことなので内心でツッコんでおいた。
しかしある日、書庫に来てみると美波ちゃんは平日にも関わらず、朝から書庫にいた。時期的に夏休みだとか、長期休暇ではない。
出勤した白鳥さんと僕が戸惑っていると田中さんが書庫に現れ、美波ちゃんを見つけると、大きな声で言った。
「美波、何でここにいるんだ! 今、学校から電話があったぞ! 早く学校に行きなさい!」
「嫌だ。私、学校辞める」
「はぁ!?」
「辞めて、ここで働いてお父さんの仕事手伝うよ。それでいいでしょ?」
「いいわけないだろ! 途中で投げ出すんじゃない!」
正論だ。途中で投げ出すのは、良くない。田中さんの言葉に「うんうん」と頷いていると、美波ちゃんが突然僕を指差した。
「何で? そこの人だって会社とか恋人を本を理由に途中で投げ出して、ここで働いてるんでしょ? いいじゃん」
「よそはよそ! うちはうちだ!」
──待て待て! 何で僕がここに来た経緯がバレているんだ。親子喧嘩はヒートアップしていくが、僕はそれどころではない。
採用の際に田中さんに話して、あとは世間話で……。
「ごめんねぇ、平井君」
僕の隣で白鳥さんが、バツが悪そうにしつつ言った。
「白鳥さあぁぁぁあん!! 何で言うんですか!?」
「だって美波ちゃんに『若いのに、どうして本の虫しているのか』って聞かれて……平井君に直接聞いたみたらしいけど、反応が無かったらしくて」
自分の本への集中力をここまで憎んだ日は、ないだろう。その時、僕が気づいて大人な応答をしていれば……!
「本当にごめんなさい。歳が近いから、興味を持ったのかなと思って教えたの……でも『投げ出した』なんて私、言ってないわ」
「いえ、そもそも僕が最初に応対すればよかった話ですし……投げ出したのも事実ですから」
「そんな投げ出してなんて……」
結局親子喧嘩の末、田中さんが折れて学校は辞めずにしばらく様子見となった──要するに「不登校」という状態で落ち着いたのだ。まぁ、家に引きこもるよりは、いいのではないのだろうか。
「本当に迷惑をかけて、申し訳ございません……しばらくの間、娘をよろしくお願いいたします」
田中さんは頭を下げ、僕たちに言う。
「いや、田中さん。むしろ僕のせいで……」
「いいえ。もしそうだとしても、あんな人生の決め方はよくありません……失敗した時、参考にした人のせいにしてしまう」
「田中さん、そんな難しく考えては一〇円ハゲが出来てしまうわ」
と、白鳥さんがフォローする。
「反抗期が来たのよ。そう思って、見守りましょう」
「……ありがとうございます」
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