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「美波ちゃん、何読んでるの?」
見守ると言いつつも、僕は彼女のことが気になった。不登校の原因の一端になったのだとしたら、申し訳ないという気持ちがあるためだろう。
「……関係ないじゃん」
相変わらずな態度に、気弱な僕は折れそうになるが耐える。教えてくれないので、本の表紙を覗く。見てみると、僕も大好きな一〇数年も続く大人気のファンタジー小説の第三巻だった(ちなみに僕は最新刊の十五巻まで読了済み)。
「そのシリーズ面白いよね。その三巻では最後、主人公がライバルと──」
「ちょっと! まだ途中までしか読んでないんだから、ネタバレしないで!」
我に返った美波ちゃんは、思わずムキになったことを恥ずかしそうにしていた。どんなに人に冷たくとも、彼女も「本の虫」なのだ。本の話なら、黙っていられないはず──僕の目論見は成功したと言えるだろう。
「ごめんって……美波ちゃんはさ、何で学校に行きたくないの?」
「そんなの関係ないじゃん」
「僕を投げ出した人間の例にして……出しに使ったのに?」
「それは……」
美波ちゃんの顔が曇る。少し罪悪感は覚えていたようだ。
「言わないと、ネタバレしちゃうよ」
「それは酷くない!? 大人げないと思わないの?」
「別に僕は『学校に行け』とは言わないよ」
「え?」
「人には向き不向きがあるから。僕は会社勤めが向いてなくて、ここにいるわけだし……美波ちゃんの理由もそうなら、それでもいいと思うよ。ただ──」
「……」
「もし解決できる問題だったら、早々に投げ出すのはもったいないかなって……僕は後悔してないけど、美波ちゃんはどうなのかなって」
「……友達の話題についていけないの。皆、アイドルとか動画投稿サイトの話ばっかりで。私は本の方が好きだから……SNSの返事も面倒で、気づいたから孤立してた」
若者の活字離れの影響か。僕の学生時代も、本を読まない子がいたが今はもっと増えているのだろう。
「別に孤立してもいい。本をゆっくり読めるようになるし……でも嫌がらせも受けるようになって。この前、大事な本をプールに捨てられた。私が被害に遭うならいい。でも、本はダメ。大切なものが傷つくくらいなら……学校なんて行かない」
「そのこと、田中さんには……」
「言えない。心配かけたくないし、お父さん頭固いし」
美波ちゃんは、手元の本を大事そうに撫でる。
「知ってる? 図書館のことをギリシア語では、『魂を癒す場所』って意味もあるんだって……本は居場所のない人も平等に受け入れて、傷ついた人の心を癒してくれる」
「──それが美波ちゃんなりの『本が存在する理由』なんだね」
「何それ」
僕は仕事初日に、田中さんから「本は何のためにあるのか」と聞かれたことを話した。
「お父さん、そんなこと言ってたんだ。平井さんは、なんて答えたの?」
「僕はその時は上手く答えられなくて……能天気にただ本を読んでたから。だから、それからずっと考えて」
「じゃあ、今は?」
「『生まれ変わる』ためにあるのかなって。最近、小説の世界か異世界に転生ジャンル流行ってるでしょ。あんな感じで僕にとって本を読むことは、その本の世界に転生するのに近いんだ。一人称の小説だったら主人公として……三人称の小説だったら、傍観者として」
「で、生まれ変わって……どうなるの?」
「経験値を得て、人間として成長する。色んな世界を旅するわけだから……今、自分が抱えている問題も本がヒントをくれるかもしれないし。小説の世界から帰ってきた時は、成長した自分としてまた生まれ変わるんだ」
僕は今読んでいる本を、美波ちゃんに見せる。
「これ、読み始めたばかりなんだけど……読み終わるまで、今日から僕はこの主人公として生まれ変わって、読み終わったらその日から成長した自分として生きるんだ」
「ちょっと、イタイというか……中二病くさい」
「……子供心を忘れてないって言ってよ」
「でも、平井さんのその答え……私、嫌いじゃない」
と、美波ちゃんはそっぽを向きつつ、言った。
「……ありがとうね。この本、ジャンルは追放ものでさ」
「平井さん、ライトノベルも読むんだ」
「僕は本だったら、何でも読むからね。他とは違う能力で冒険パーティーから追放された主人公が、自分の適材適所を見つけて新たな人生を歩むんだけど……僕が読み終わったら次、読む?」
「……読む」
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