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佐藤という男
佐竹がコートをさったあと、次にコートに入ってきたのは西宮だった。
西宮はラケットトスをしに、ネットぎわまでいく。
「佐藤~! ここであったが100年目ぇ!
俺はかーつ!」
ラケットヘッドを佐藤の眼前につきつけ、大声でさけぶ西宮。塩田がいる場所からは佐藤の声はきこえないが、どうやら流されたらしい。
さっさとラケットトスの構えをする佐藤に、西宮も大人しく従った。
サーブ権を佐藤がとり、コートを西宮がとった。西宮が塩田がたっている側のコートを選ばず、反対側を選ぶ。必然的に佐藤が塩田の目の前に移動してきた。
塩田のそばにいたギャラリーがざわめくなか、塩田は佐藤の顔をじっと観察する。
自信に裏打ちされた、堂々としたたたずまいは王者の風格。短めの黒髪がスポーツマンらしく清潔感があり、一重の目元が涼しげな印象をもたらしてくれる。イケメン、というよりかは男前、という言葉がにあう男だった。
一瞬塩田と目があった。
佐藤は口パクで、マヌケ、と言い、そのしぐさが妙に艶っぽくうつる。
案の定、塩田のまわりを囲んでいた佐藤ファンの何人かは鼻血を流してバタバタと倒れていく。塩田も少し頬を赤くしながら、むーっとした顔で佐藤をにらむ。
そんななか、主審がコールした。
「ザ ベスト オブ 1ゲームマッチ 佐藤サービス トュー プレイ!」
佐藤はいきなり、ボールを真上にあげ、サーブをうった。ばしゅっと音がなって、あっという間に相手コートへとボールがいく。塩田はその一連の流れをみて、鳥肌がたった。
(こんなにバカ早いサーブ、同世代でみたことない……!)
塩田はうずうずしながら、金網に手をひっかけた。
むこう側の金網にボールがあたり、がしゃんと音がなった。西宮がボールをうち返せなかったことがわかる。
(コンパクトに、コンパクトに。西宮もさっきの佐竹戦をみてたならわかるはず。落ち着いてけ)
ぎゅっと金網をにぎる塩田。
主審がコールする。
「15ー0!」
佐藤は西宮がサーブに対応できていないのをみると、はあっと息をはいた。
ため息すら絵になる男・佐藤に、塩田のまわりにいるギャラリーは、目をハートマークにさせた。地面にボールをバウンドさせているしぐさも色気があってきれいだと、不覚にも塩田は思ってしまった。華がある人間とは、こういう人のことをいうのだろうなと感じてしまう。
佐藤はふたたび、サーブをうった。西宮はバントをするみたいにラケットを構え、ボールを当てようとする。が、残念ながらネットにひっかかって、佐藤のコートには届かなかった。
主審がコールする。
「30-0!」
「ボール!」
佐藤は片手をあげ、コート外にいる部員からボールを2つなげてもらうと、器用にラケットでそれを拾った。
ひとつをポケットに、もうひとつをうつ方に。てきとーにボールをついたあと、佐藤は容赦なく西宮のコートへ強めのサーブをうった。
ラケットにはあたったものの、ラケットごとボールに弾かれてしまう。
主審がコールする。
「40-0! あと1ポイントで勝利!」
佐藤は淡々とポケットからボールを出して、ふたたび容赦なくサーブをうった。
西宮のラケットは空振り、がしゃんとボールが金網へとぶつかった。
そして主審のコールが、コートにひびきわたる。
「ゲーム セットアンドマッチ 佐藤 1-0!」
西宮はなにもさせてもらえないまま、ゲームをおとした。
握手をしにネットぎわにいく佐藤。
ネットを挟んだ状態で西宮にビシッと指をさされ、さけばれる。
「今回は負けたが、次の都大会!
うちには塩田という強力な助っ人がくる予定だからな。負けないぞう!」
相変わらず佐藤の声はきこえないが、何やら少し話したあと、二人は握手をしてゲームをおわった。
ネットぎわからまっすぐに、佐藤は塩田たちギャラリーのもとへと小走りでやってくる。
がしゃんと金網がなって、佐藤が金網に手をドンとついた状態で聞く。
「塩田ってのは、お前か?」
まっすぐ塩田のほうをみて、佐藤はきいた。
「そうだけど……」
佐藤から目をそらせないまま、塩田が答える。どう猛な虎ににらまれたウサギのようなきもちで、佐藤を見返す塩田。
「お前、恋仲中で一番強いんだってな。入ってこいよ。一戦やろうぜ」
にっとわらう佐藤。笑顔は意外と幼い。
「いきたいのはやまやまだけど、シューズ、ラケット、ウェア一式持ってきてなくて……」
「じゃあ、俺の予備をかしてやる! 体格にた感じだし、いけんだろ」
「でも悪いし、いいよ。どうせやるなら、次の都大会の試合でやろうよ。俺、シングルス2で出る予定だから」
ジーっと佐藤をみる塩田。先に目をそらしたのは佐藤だった。ほんのり耳が赤い。
「ちっ。そんなキラキラした顔でこっちみつめんなよ」
「それよくいわれるけど、俺、別に普通にしてるだけだから。」
塩田が呆れた顔で、佐藤につっこむ。
「自覚ねぇってのがこええな……」
ボソッと佐藤も塩田につっこむ。
そこへ西宮がやってきた。
「さーとーうー! わが校とっておきの隠し球、塩田になれなれしく近づくのはやめてもらおうか!」
金網を叩き、大声でさけぶ西宮。
「お前がそういうから、気になんだろ。本当に内緒にしたいなら、自らばらすなよ」
西宮が腰に手をあて、堂々と胸をはっていった。
「あまりにもボロ負けすぎて、なんかくやしかったんだ!」
「西宮……」
物言いたげに西宮をみる、塩田。
「確かにボロ負けだったな。リターン練習しとけよ」
「しとくともさ! そして今年こそ王子中に勝つ!」
握りこぶしを両手で作っていう、西宮。
「気合いは伴ってるけど、技術がいまいちだな。精進しろよ」
そんな西宮を上から見下ろしていう、佐藤。
「もちろんともさ! せいぜいあぐらをかいとけばいい!
うちの塩田がこっぱみじんに、その高すぎる鼻をへし折ってやるからな!」
ビシッと佐藤を指さす西宮。
「へえ。そこまでいいはるなら、今からゲームしようぜ。ルールはさっきと同じ、ワンゲーム先取した方が勝ち」
佐藤は不適に笑った。
それをみた西宮が、さけんだ。
「いいだろう! 先に鼻をへし折っとくのもありだしな!
塩田ァ、先に佐藤を軽くもんでやってくれ!」
とんとん拍子て進む話しに、塩田は困惑した。
「え。でも今日は、試合はなしだって話だったはずじゃ。道具一式持ってきてないし」
「だから俺のを貸すっていってんじゃん。つべこべいわずに着替えて、さっさと試合しようぜ! 更衣室はそこら辺の女子にきけばわかるし、ウェアとかは俺のロッカーにはいってるから。準備できたらコートにこいよ!」
金網ががしゃんとなり、佐藤が金網に両手をドンとついた状態でいう。まっすぐみつめる佐藤の目には熱い炎がみえる。
その隣で息を殺しながら、塩田の次の言葉を待つ西宮。二人とも真剣だ。
その目をみて、塩田の負けず嫌いに火がついた。
「わかったよ。ワンゲームだけしよう。ーー俺も本気で勝ちにいくから」
塩田は佐藤をまっすぐみていった。
そんな塩田をみて、ニヤリと笑う佐藤。
「へぇ、そりゃ楽しみだな」
こうして思いがけすに試合にでることになった塩田。周囲のギャラリーからは盛大な拍手がなった。
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