部室棟にて

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部室棟にて

試合中断をいい渡された佐藤と一緒に、部室棟へいく塩田。 佐藤と塩田が移動するとあって、そのうしろには長蛇の列ができていた。 さきに塩田を部室にいれ、佐藤はドアをしめる時にギャラリーにむかって一喝した。 「散れ!」 ドアをしめ、鍵をし、カーテンをしめて電気をつける佐藤。塩田は佐藤のロッカー前にたち、中から制服と鞄をとりだす。 外はまだ人がいるようで、ざわざわしていた。 「塩田、だっけ。わるいな、さわがしくて」 片手をあげてあやまる佐藤に、塩田が笑う。 「あはは。なれてるから大丈夫だよ」 佐藤が目をまるくした。 「なれてるって、もしかして有名人?」 佐藤もロッカー前にいき、制服と鞄をだした。 「うーん。どっちかって言うと、家系的に目立ちやすい感じかな? クォーターなんだ」 塩田は上着をぬいだ。 「クォーターって、4分の1だっけか。どおりで整った顔してるわけだ。すげぇモテそう」 佐藤も上着をぬいだ。 塩田はぬいだ上着をたたみながらいった。 「佐藤の方がモテてるじゃん。ギャラリーすごいよね」 佐藤が制汗スプレーをふって上半身にかける。 「あれは、プレイをみにきてんの。一応、スポーツ推薦で高校もいくし、それなりに注目もされてんだよ」 塩田は鞄から制汗シートをとって上半身をふきとった。 「へぇ、すごいじゃん! 佐藤って、全国ランキングは何位くらい?」 上着をくるくる丸めながら、佐藤は塩田をみた。 「全国ランキングってなんだ?」 今度は塩田が目をまるくする番だった。 「えっ。テニス協会に登録してないの?」 「だから、テニス協会ってなんだ?」 「……。ちょっとまって。ググるから」 塩田は上半身裸のまま、スマホでテニス協会のホームページを検索し、佐藤にみせた。 「これがその協会で、選手登録すれば、大会の試合結果によってポイントがもらえて、全国で今どのくらい強いかわかるシステムなんだけど……」 佐藤は塩田のスマホをのぞき込み、しれっと返した。 「そんなことしなくても部活で全国制覇したら日本一にはなれるんじゃね?」 「個人の成績じゃないから、正確に実力を図りたいなら登録しとくにこしたことはないけど。佐藤、プロ目指してるでしょ?」 いっぱくおいて、佐藤が答えた。 「目指してねぇけど。」 「えっ! もったいない……。じゃあなんでスポーツ推薦で高校行くの?」 スマホをにぎりしめる塩田。 「いや、なんか顧問が部活つづけるならそうしろっていったから。実際、プロになるのは一握りの人間だろ? 現実的じゃねーよ」 塩田はムッとして、佐藤を上目づかいでにらんだ。 ズボンをぬいでたたむ塩田。 「なに怒ってるんだよ。ーーあ、もしかして塩田はプロ目指してるとか?」 「悪かったね、現実的な選択をしてなくて!」 Yシャツをはおる塩田。 「悪かったって。塩田、結構強かったし、プロ目指すだけあるわ」 にっと笑う佐藤。 塩田は横目で佐藤をにらむ。 「お世辞はいらないし。実際、3セット試合した後であれだけ動かれてイーブンなら、万全の体調でやったら俺負けちゃうじゃん」 佐藤もズボンをぬぎ、それもくるくると丸めた。 「あー、そうくるか。塩田、サーブ苦手?」 ズボンをはく佐藤。 「超得意だけど?」 物いいたげに、佐藤をにらみつける塩田。 「じゃあどうなるかまだわかんねーな。俺、スロースターターだし、エンジンかかるのに時間がかかるから、にげきり先行されたら負けるかも」 Yシャツをはおる佐藤。 塩田はズボンをはいた。 「かもは絶対じゃないから。そんな不確かなことにすがるつもりはないよ。都大会までに確実に勝てるようにしあげてくるから」 ネクタイをしめる塩田。 「へーへー。楽しみにしてるよ。久しぶりに思いっきり試合できる相手にあえたんだし」 塩田は靴をはきかえると、ウェアを鞄の中にいれようとした。 「あ、まった。それはこっち。」 手をさしだす佐藤。 「洗ってかえすよ」 「どうせ一緒に洗うからいいよ。パスパス」 「俺がよくないんだけど。汗くさいかもしれないし……」 佐藤は塩田に近づき、首もとのにおいをかいだ。 「なんかいいにおいするし、大丈夫じゃね?」 「ちょ……においかぐのは反則だろ!?」 首もとを手でおさえ、まっかなかおで抗議する塩田に、佐藤がかかかっと笑った。 「いいからだせよ。それ気に入ってるやつだから」 塩田をおしやり、塩田の鞄からウェアをとりだす佐藤。不満げに佐藤をみる塩田。 「じゃあスポドリおごる。」 塩田のふくれっつらをみてくくっと笑う佐藤。 「いらねーよ。かわりに都大会、絶対でろよな! 今日のつづきをしようぜ」 佐藤が握りこぶしを塩田にむける。塩田がそれをみて同じようにこぶしを作り、それにぶつける。 「あったりまえ! 絶対勝つから。もし俺が勝ったら、プロ転向のけん、真剣にかんがえてね」 まっすぐ佐藤をみる塩田。 「負けたのにかんがえるのかよ」 ははっと笑う佐藤。 「うん。」 真剣に佐藤をみる塩田に、冗談ではすませられない雰囲気を感じとった佐藤は、こう返した。 「わかった。そんときは考えてみるわ」 「絶対だからね!」 にこっと笑う塩田。 塩田からうばったウェアを鞄にいれ、佐藤はロッカーにシューズをいれて扉をしめた。 鞄をもってでる準備をし、扉の前でつばをのみこむふたり。 「いいか、塩田。まだ人がひいてねぇから、一転突破でかけぬけるぞ! 俺が道を作るから、塩田はうしろをついてこい!」 「わかった。ごめんね、気を遣わせちゃって」 片手をあげてあやまる塩田にきゅんとくる佐藤。 「あっぶな。なんかお前、魔性だな」 「なにが?」 「自覚なしかよ……!」 こうして、佐藤と塩田が部室のドアをあける。大勢のギャラリーに囲まれそうになるが佐藤が一喝し、輪が縮まる事はなかった。 佐藤に手を捕まれ、モーゼよろしく人の海をわり、コートの近くにきた。 「塩田ァ! こっちだ、こっち!」 人混みの中からピョンコピョンコ飛んでいる西宮の姿が見える。 「佐藤、俺、ここでもう大丈夫だよ」 そう言って手をはなす塩田。 「あ、ああ。あそこでとんでるやつ、ツレだっけか。」 「うん。恋仲中テニス部の部長だよ」 「そっか。じゃあまたな、塩田。」 「うん、またね」 パンと片手でハイタッチする佐藤と塩田。 周囲のギャラリーがそれをみて拝んでいた。
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