ダブルス2

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ダブルス2

「これからダブルス2の試合を始めます。出場選手はコートにあつまってください」 審判のアナウンスがひびく。スタンド席でストレッチをしていた磯山ツインズが、それに反応する。 「じゃ、さくさくーっと勝ってきまっす!」 坊主頭の小太郎が、片手をあげてコートに入る。 「エンジン全開で、とばしてきまーっす!」 同じく坊主頭の小次郎が、両手をあげてコートの中に入っていく。 「まずは、1勝! 気をぬくんじゃないよ!」 そんなふたりの背中に、激をとばす監督。 磯山ツインズの声がハモる。 「はーい!」 こうして始まった、ダブルス2の試合。 サーブ権を磯山ツインズがとり、先にサーブをすることにした。磯山小太郎がサーブをうつ。 「磯山ツインズの強みは、双子ならではの連携だ。勢いにのらせたら、ポイントをとるにも一苦労することになる!」 監督が腕を組んで、コートを見る。 小太郎が緊張からか、サーブを失敗してしまう。2回目はなんとかコートを左右に分ける縦のライン(センターサービスライン)近くに入った。相手の返球する人(レシーバー)サーブを返すこと(サービスリターン)に失敗し、ネットにボールをぶつけてしまう。 「まずはなんとか1ポイントか。エンジンがかかるまでが危ういんだよ、あの双子は。」 はあっと、ため息をつく監督。 「磯山ツインズが安定しないのは、メンタル面が弱いからですか?」 副部長の宮前が聞く。 「それもあるが、もともとの試合経験が、圧倒的に少ないのもある。テニスを始めたのは中学からだし。 それまでは、バドミントンをやっていたみたいだから、その時の癖がぬけないようだねぇ」 「癖、ですか。確かに毎回ノーバウンドで打ち返す技(ボレー)上からボールを打ち下ろす技(スマッシュ)空高く上がり、ゆみなり落ちてくる球(ロブ)で返してますね。 ワンバウンドしてから球を打ち返す技(ストローク)が安定してないから、ついついなれた方法で返してしまうんでしょうか」 「そうだねぇ。返球が単調になってしまいやすいのは、大きな課題だ」 監督のいう通り、磯山ツインズの攻撃は単調だ。毎回ネット際には小太郎がつめて、スライス回転をかけてネット際におとす技(ドロップショット)空高く上がり、ゆみなり落ちてくる球(ロブ)で返球している。一方、ネット近くにある横のライン(サービスライン)から数歩下がった位置には小次郎が立ち、フォローするように空高く上がり、ゆみなり落ちてくる球(ロブ)ノーバウンドで打ち返す技(ボレー)上からボールを打ち下ろす技(スマッシュ)で返し、相手を翻弄している。しかし攻撃パターンがわかってくると、攻略方法もわかってくる。先に1ゲームをとったのは磯山ツインズだったが、その後は段々とおいあげられた。返球やサーブミスから、1-0、1-1、1-2と相手にゲームを連取されてしまう。 「おおお!  あと4ゲームとられたら、こっちが負けてしまう! 磯山ツインズ~! リラックスだ~!」 スタンド席でさけぶ西宮。そんな西宮の頭に、手刀をいれる監督。 「西宮。すこしは部長らしく、ドンと構えときな! 負けたら負けたで、あんたたちが取り返せばいいことだろ!」 西宮が、頭頂部をおさえながらいった。 「今回は団体戦。先に3勝した方が、勝ちこしになる! ならここはやはり、勝ってほしいのが部長心だ。俺らペアが勝ったとしても、イーブンになるだけ。田辺が勝たないと、勝機が見えないことになる! それにできれば、塩田をださずにストレート勝ちしたいというのが、部としての理想だ。これまでそのために、練習を重ねてきたんだからな!」 握りこぶしをつくって熱く語る西宮に、顔を曇らせる塩田。 「そうだよね。できれば部のメンバーだけで、勝ちたいよね。ごめん、俺、佐藤と戦うことばっかり考えてて、気持ちがおいついてなかった。応援しなくちゃね」 少し寂しそうに笑う塩田をみて、ファンクラブのメンバーから西宮に、ブーイングがとんだ。 「おお。ここでも健在だったか、強火ブーイング」 佐竹がボソッといった。 塩田の両手をとり、包み込むように握る西宮。 「もちろん。塩田には感謝している! 我々の願いをききいれ、こうして時間をつくって、公式戦にでてくれたんだからな! だからな。塩田は佐藤に勝つことだけを考えてくれ! 応援は俺がする!」 塩田をみつめながらいう、西宮。塩田ファンクラブからの西宮へのブーイングが、さらに強くなった。 「フォローしたのに、なぜだ!」 頭を抱える西宮に、佐竹がさらっとつっこんだ。 「手、握ってたからじゃね? 俺もよくブーイングきたからな~」 「むむ。難しいものだな。ファン心理というものは。」 眉間にシワをよせていう、西宮。 「そういえば西宮。ファンクラブの人がいってた、予約済みのお礼ってなんなの?」 西宮はそれには答えず、鞄の中からビニールに入ったままの、真新しいジャージとウェアを取り出した。 「その前に塩田。このレギュラージャージ一式を、お前に託そう。トイレできがえてきてくれ!」 西宮から、ウェアとジャージ一式をうけとる塩田。 「あ、これ新品だね。いくら払えばいい? 今日はもちあわせがないから無理だけど、後日、ジャージ代払うよ」 「お代はいらん! ファンクラブから、すでに貰っているからな! かわりに今日の試合のあと、ジャージ一式を回収させてもらう!」 佐竹がなにかに気づき、真顔になっていった。 「もしやーーそのジャージ。ファンクラブのお礼として流す、なんてことはないよな?」 西宮は分かりやすいぐらいに、塩田や佐竹から目をそらした。 「え、お礼ってそういう……?」 意識がとびそうになるのをおさえて、塩田が青い顔できく。 「すまない……塩田。これもやむをえない、やんごとなき理由があるんだ……。というわけで、塩田ァ! レギュラージャージに着替えてきてくれ!」 「嫌だよ!」 全力で拒否する塩田に、西宮がいう。 「それ、きないと試合にでられないからな! やむなしだ、塩田ァ!」 「じゃあ買いとりで!」 ねばる塩田。 「もう先約済みだ!」 それをうち砕く西宮。 そのいい合いに決着をつけたのは、意外な人物だった。 「だーっ、あんたたち! 応援しないなら、おいだすよ!」 監督が、西宮と塩田の頭にげんこつをおろす。 「仲間が戦ってるんだ。しっかり応援しな! あと塩田は、ウェアにきがえてくるんだよ!」 「でも、ジャージが……」 「でももへちまもないねぇ! 男ならそれぐらいファンサービスしな! 迷惑処理してもらってるんだろ? 礼はしなきゃいけないんじゃないのかい?」 「でも、こんなお礼の仕方は嫌なんです」 上目使いで監督をみる塩田に、監督は内心、きゅんとした。 「なら脱ぐかい? 上半身裸の写真がお礼なら、納得するだろうさ」 「なんでそんな際どいものばかりがお礼の候補に……」 こめかみをおさえる塩田。弱っている様もまた絵になる男である。 塩田の疑問に、監督が確信をもっていった。 「顔がいいから。ーーそれ以上の説明がいるかい?」 塩田は真剣な顔で聞いた。 「顔が……?」 塩田は衝撃で、うしろに倒れそうになった。 そんな塩田の肩にポンと手をのせる佐竹。 「塩田のファンは、強火が多いからな。あきめろ」 青い顔で塩田はいった。 「気持ちがおいついていかないんだけど……」 頭を抱える塩田に、佐竹は笑顔で返した。 「ドンマイ!」 ものすごく、他人事である。 しぶしぶ塩田は、レギュラージャージをもって、トイレにむかった。 ちょうど試合のスコアが、2-3になった頃である。
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