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一方その頃、試合中のコートでは。
田辺の独特の癖を見抜き、相手選手が2ゲーム取り返していた。ゲームカウント2-2。接戦である。
「あーくそ! これでまた並んだ!
田辺、いい加減こだわり捨てないと負けちゃうぞ、これは……」
佐竹が心配そうにコートチェンジ後、恋仲中サイドのコートへと移動していた田辺の背中を見て言う。そんな佐竹をみて、赤星が注意する。
「おい、佐竹だっけか。田辺には田辺のプレイスタイルがあるんだ! 文句言うなら、その分だけ応援しろ!」
「そーだぞ、そーだぞ!」
と、磯山ツインズも声をハモらせて言う。
「でも現に、相手に追い上げられてるし、戦略のないプレイは、自分の首を絞めるだけじゃあ……」
言いにくそうに苦言を呈する、佐竹。
そんな佐竹に、監督が言った。
「ちゃんと戦略はあるよ。田辺のテニスは、ミラーテニスって呼ばれてるんだ」
佐竹が目を見開いて、監督をみた。
「ミラーテニス? 同じところに返すから?」
監督は一人ずっこけそうになった。
「そういう意味じゃないよ! まあいいから、しっかり試合、見ときな!」
言われた通り、佐竹はコートへと視線を移す。相変わらず田辺は、相手と全く同じ打球を、同じ場所に打っている。
ゲームを相手にとられ、ゲームカウント2-3になった。
そこで監督が声をあげる。
「田辺! そろそろエンジンふかしな!」
田辺がこくんと頷き、返球位置についた。相手のサーブを受け、田辺はそのボールを、同じ方向ではなく真逆に打ち返した。
「逆サイド、狙えるんじゃん!」
佐竹が嬉しそうに、ガッツポーズを決める。
「田辺の場合、ここからが面白くなってくよ! しっかり応援して、相手の戦意をなくしてやりな!」
スタンド席から、佐竹を含めスタメンらが声をはって応援する。
田辺の逆サイド作戦が功をそうし、相手は戸惑いを隠せないままポイントを落としていく。順調にポイントをとっていき、ワンゲーム取り返した。
ゲームカウント3-3のイーブン。
先に3ゲーム取ったほうが勝ちになる。
「次のサーブは田辺だね! 気合い入れていきな!」
監督が激をとばし、田辺がこくんと頷いた。
相手はとりあえず、自分が打った場所にレシーブがくると踏んでラケットを構えた。しかし、その予想は大きく外れ、真逆の位置にボールが跳ねる。
まるで鏡写しをしたみたいに、正反対に打ってくる田辺に、翻弄される相手。
取っても取っても、真逆に返されるボールに、息も上がってくる。
結局、このゲームは田辺がとった。ゲームカウント4-3。田辺リード。チェンジコートになり、田辺が再び向かいのコートへと向かった。
「おお。何が起こってるのかわからないけど、逆転した!」
佐竹が目を丸くする。
「これこそがミラーテニスの真髄だよ。相手と同じ方向に打っていたのが、相手と反対方向に打ってくる。これからもっと複雑になっていくから、面白くなってくよ!」
不敵に笑う監督。
「複雑って、どういう風に?」
目をぱちくりさせる佐竹。
「それは見てのお楽しみさ。応援、しっかりするんだよ!」
佐竹の背中をバンっと叩く監督。
「わかってますって。ここで勝ってもらわないと。塩田が勝ってもイーブンにしかならないし。そしたらプレッシャーも半端なくかかるだろうから、塩田がかわいそうでしょ」
「塩田、塩田って、お前は塩田大好きだな!」
赤星がニマニマ突っ込む。
「友達想いといってくれ」
佐竹がそれに呆れて返す。
「佐竹ェ! 俺も塩田が好きだ! 永遠の好敵手と書いて、友と読むんだぞ!」
西宮が赤星と佐竹の間に割って入る。
「部長。話をややこしくしないでください!」
そんな西宮をセーブする宮前。
「今はまず、田辺君の応援が先でしょう。幸い今勝ち越しているし、この調子で勝てるように応援しましょう!」
両手に握り拳を作り、訴える宮前。
「うむ。そうだな!」
それに大きく頷く西宮。
「そうだね、今は応援しなくちゃだよね!」
綺麗にハモる磯山ツインズ。様式美である。
「あんたたち、無駄話してる間にゲームが再開してるよ! 声出していきな!」
監督の一言がきっかけとなり、それぞれ思い思いに田辺を応援していく。
それに答えるかのように、田辺がポイントをとっていく。
「面白いようにポイントをとってるけど、どうなってんの、これ」
頭に?マークをつける佐竹に、監督が解説する。
「今は最終ターンに向かって、徐々にエンジンをふかしているところだね。反対の位置に打つことで、相手の体力を奪っている最中さ。このゲームをとれれば、また田辺のテニスは進化するよ」
「進化……?」
ごくりと唾を飲む佐竹。
「佐竹のミラーテニスは、相手のテニスを模写して、自分の血肉にするテニスなんだよ。相手の癖や技を盗み、進化していくテニスーーそれが田辺のミラーテニスさ」
「それが本当なら、末恐ろしいプレイスタイルですね。それで勝率五分とか、王子中もすごいですけど」
「まあね。うちとしても因縁のある相手だし、そう簡単に勝たせてはくれないよ」
ふう、とため息をこぼす監督。
「しっかり応援しなきゃですね」
コートに目をやり、話す佐竹。
「わかってきたじゃないか」
ニヤリと笑う監督。
このゲームも、なんとか田辺がとって、ゲームカウント5-3になった。
「そろそろ塩田を、呼び出しといた方がいいな」
スマホを取りだし、電話をかける佐竹。
3コールで塩田がでた。
『もしもし。もうすぐ試合、終わりそう?』
佐竹はコートを見つつ、言った。
「上手くいけば、6-3で勝てるかも」
『本当に? じゃあすぐ戻るよ! 連絡、ありがとう!』
嬉しそうにそう言って、塩田は電話を切った。
一方コートでは、相手が田辺の攻撃に慣れてきて、ポイントを取り始めていた。
逆サイドを狙われるのがあらかじめわかっていれば、そちらへ効率よく移動することができるようになる。あくまでも田辺は、鏡写しみたいに正反対の対面に打ち返しているだけなので、それがわかれば、まっすぐに打ち返せば動かなくてすむことに相手が気づいたのだ。結局、田辺はワンゲーム落とし、ゲームカウント5-4になった。
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