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『転移』
コッ...コッ...コッ...
規則正しい足音を奏でながら、自分に向かって誰か歩いてくる。その姿は、人間に見えてどこか違った。
コッ...コッ...コッ...
足音は近づいてくる。
今すぐ逃げ出したいのに。
己のプライドなのかなんなのか。後ろに壁があり逃げられない。
コッ...コッ.......コッ..コッ..コッ
足音が早くなる。走ってきた。
「逃げなきゃ...!」
バッ!
自分の大声に目が覚めた。体を汗による不快感が襲う。布団は思い切り跳ね飛ばしてしまったため、ベットから落ちている。
「.....高校行くかー。」
鈴村 凜人(すずむら りんと)
鈴のように綺麗な声を出して欲しいという、声系の仕事をしている親の願いから付けられたらしい。だが残念。声は常に掠れ、お世辞にも「綺麗な声」とは言えない。
タッタッタッタッタッ
少し小走りで歩道を進む。
学校に近づく度に、朝練の声が聞こえる。
「毎日熱心ですなー...」
声は綺麗ではないが、耳には少し自信があった。目を閉じ、周りの音に集中してみる。
朝練の音、鳥のさえずり、誰かのカバンに着いてる鈴の音...俺は思わず顔を顰めた。鈴は嫌いだ。吐き気がする。あの甲高い音が、耳障りだ。
耳を塞いでも聞こえてくるその甲高い音に、俺は自分自身の耳を恨んだ。
「早く教室に入ろう...」
朝から最悪な気分だ。鈴をつけるなとは言ってない。ただ、俺の近くで鳴らないで欲しかった。なんて、わがままだが、それ程に鈴の音が嫌いなのだ。
俺は、大きく舌打ちをして、そのイラつきを惑わす。
「お、よぉ!水詰まりの鈴!」
俺の声が水の詰まった鈴の様な音のため、そんなあだ名が着いた。
こいつらにとってはイジりでも、俺にとっては重度なイジメだ。今すぐにでも辞めて欲しいが、残念ながらそんな事言ってものらりくらり逃げるに違いない。
「はぁー...」
心に溜まった鬱憤をため息と一緒に排出する。どこぞの奴がため息は幸せも逃げるよ!とほざいていたが、んなもん迷信だ。ため息でも何でも吐かないと溜まっていく。そしていつか限界に達し、潰れる。心は低反発枕じゃ無いのだ。簡単には治らない。
今日の夕飯何かなぁー
どうでもいい事を考えながら歩く。
ふと気づくと、知らない路地にいた。
「.....この歳で迷子かー」
状況を悲観してると、奥から嫌な音が聞こえてくる。
リン...リン...
一定のリズムを刻むその不快な音は、確実にこちらに近づいてくる。
俺は金縛りで動けない。
そして俺の目の前で...
『それ』はピタリと停止した。
それの頭は、俺にとって不快そのものを意味する、鈴の形をしていた。
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