いしころのラブソング

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いしころのラブソング

 僕が小学生だった時のこと。クラスに、やけに信心深い女の子がいたのをよく覚えている。  正確には、思い込みが強いと言うのだろうか。親とか家族とか友達とかに言われたことを、良くも悪くも簡単に信じちゃうタイプと言うか。例えば。 「ハンカチさん、ハンカチさん、今日はどこにも行かないでくださいね」  廊下で、彼女が自分のハンカチにそう声をかけながら、ポケットにしまっているのを目撃した。場所から考えて、丁度トイレから出てきたところだったのだろう。僕がもう少し空気の読める男だったら、あるいはもうちょっと大人だったならそのタイミングで話しかけるのは控えただろうが――生憎、僕は良くも悪くも“普通の小学生男子”であったのである。もっと言えば、どっちかというとワルガキに分類されるタイプ。  興味があったら、空気なんて吹っ飛ばしてさっさと尋ねてしまうのがいつものことであったわけで。 「何やってんの、連城(れんじょう)」  言い忘れてた。その子の名前は連城美紗(れんじょうみさ)。ポニーテールにふっくらとした丸顔、小柄な女の子だった。ちなみに、当時の僕からするとかなり気になる女子、であったと明言しておく。小学生の時の僕はチビで、口ばっかり達者な泣き虫だった。背がでかくて力も強くて口も回る大半の女子が苦手だった中、大人しくて僕と同じくらい小さい彼女はまだ話しやすいタイプだったのである。  あと、おっとりしていて穏やかな声も好きだった。好きな子がやることは何でも気になっちゃう、のは男子小学生あるあるだと思う。 「あ、柿本(かきもと)君?えーっとねえ」  彼女はいつも通りののんびりした口調で、ハンカチをポケットにしまいながら言ったのだった。 「おまじないしてるの」 「おまじないー?」 「そうそう。わたし、すぐ物をなくしちゃうから。ハンカチとか、おうちの鍵とかにおまじないをかけてね、ちゃんと元のおうちに返してあげるってことをしてるの。ママが教えてくれたんだぁ、そうすると忘れ物や落とし物がなくなるよって。本当にその通りだったんだよ!」  凄いでしょー、と笑う彼女。 「どんなものにも、魂があるって本当なんだんねえ。わたしが呼びかけてあげたら、みんなポッケから落ちたりなくなったりしなくなるんだから」  僕は、ちょっとだけ呆れてしまった。あんまり賢い方じゃない僕だってそれくらいわかる。彼女の落とし物や忘れ物が減ったとしたら、それは単に彼女が“呼びかけ”という名の自己暗示をすることによって、強く意識するようになったからというだけではないか。呼びかけながら、ポケットなどに入れるまできっちりと見守るようにする。それで、うっかりトイレにハンカチとかを置き忘れる事故が減ったという、それだけのことではないか。  なのに、彼女は親に言われるまま、おまじないに効果があると信じている。モノには魂が宿っていると本気で思いこんでいるらしい。小学校三年生にもなって、なんともガキっぽいやつだな、と内心で馬鹿にしたのだ。 ――こいつ、ほんと人に言われたこと簡単に信じまうんだな。  その時、僕の心に芽生えたのはしょうもない悪戯心だった。こいつのその“信心深さ”をからかってやろうと思ったのである。 「そうだよな、お前ドジだからおまじないも必要だよな」  少々意地悪なことを言いつつ(普段から、彼女の気を引きたくてからかうようなことばかり言っていたのである)、僕はにやりと笑ったのだった。 「しょうがないから、僕が明日お前にいいものやるよ。楽しみにしてろ」 「いいもの?なあに?」 「それは明日になってのお楽しみだ」  いやほんと、みっともないとは思うんだけど。男子小学生って、素直のすの字もないものだからどうしようもない。例外がいないとは言わないけれど。
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