DONNOOMUⅡ

1/1
前へ
/1ページ
次へ
    プライベートジェット機で、タラップを降りてきたスーツ姿で白髪混じりの男、医療法人松野グループ会長松野松明(まつあき)。  毎年流される、新入社員の入社式の映像だ。                その横に映る前田四郎は、社長の右腕となり60年近く支えてきた松野グループにはなくてはならない存在だ。何よりも会長の信頼を1番得ている人物だ。そしてこの画面には決して映らない人物がもう1人いる。 霞誠一郎。彼の手にはいつも黒いアーミー社特製の、アタッシュケースが握られている。  社内でもこのことを知っているのはわずか数人に限られていて、会長からの距離5メートル以上、5.5メートル以内、霞の決められた定位置であり、松野グループでは前田四郎に次ぐなくてはならない存在なのであった。  彼は一体どこからやって来たのかそして、いかにしてナンバースリーまで昇り詰めたのか。そしてこのアタッシュケースの中身とは……。     私は某テレビ局の冠番組、灼熱大陸のディレクター明石雅彦。松野グループを取材している時あることの、唯一無二な男に巡り会った。  霞誠一郎、彼の取材音声を公開しよう。    かくれんぼしようよ。  私とは明らかに違う生き物のような大きな丸い瞳で言われると断れないんです。何故かいつも俺が鬼でした。  鳥取県の山奥で育った私は小学1年生の時は、クラスメイトはおろか6年生の熊と戦っても勝ちそうな女子と二人だけでした。 二年生になったある日、なぜかこんな田舎に同い年の里菜ちゃんはやってきたんです。  人との垣根が全くない子で、あった初日の昼休み最初に私に言ったのが「かくれんぼしよう」でした。 昼休みに大体2回、放課後急いで家に帰ると、学校で約束した通り彼女はやって来ました。  「かくれんぼしよう、君が鬼だよ」言ったかと思うと同時に彼女はすぐに隠れるんです。  ずるいぞ、と言う隙も与えてくれない。里菜ちゃんは隠れるのが超へたくそでした。  見つけるのに10秒かからない。でも、それじゃあかわいそうだから気づいてないフリを続ける。  居たっ!て思ったらとりあえず反対側を探すふり。  「こっちかなぁ」なんて、見つけないようにするかくれんぼって結構難しいもんです。  でもたまに私に隠れてもいいよって言う時があったんです。  私は本気でダッシュしましてね、そして……はまったんです……肥溜めに三回。  一度目は両親は一週間同じ部屋でご飯を食べてくれませんでした。でも里菜ちゃんは相変わらずかくれんぼしようって言って来るんです。  二度目落ちた時は真夏だったせいもあって、一週間外で夕飯を食べさせられました。  それでも里菜ちゃんは、また「かくれんぼしようよっ」て普通に私に言って来るんです。彼女の臭覚はどうなっているんだろうって思いましたね。  そして3回目私は、また落ちたんです。  今度はなぜか親父もお袋も、何も言ってこないんです。  て言うかきれいに体を洗った後だったからかもしれないですが、気づいていない様子でした。  実のところ私もそういう感覚になっていました。  一回目は死ぬかと思いました、二回目は死んだかと思いました、そして三回目には、あの鼻腔を破壊する様なアンモニア臭や、瞼を攻撃するすえた匂いももう何も感じなくなっていたんです。  やっぱり里菜ちゃんは何もなかったように毎日私の所へやって来て、かくれんぼしようよって……。  けど3年生になったある日、里菜ちゃんは都会の学校に戻って行きましたた。  私は、しばらくは彼女がまだどこかに隠れているんじゃないか、ずいぶん隠れるのが上手くなったんじゃないかなんて思ったりしました。  あれから何年もの月日が流れ、私は高校を卒業し、街に出て介護士になりました。過疎の村とおさらばしたいそれだけの理由でした。  夜勤の時は比較的仕事が楽ですが、午前の仕事は、食事の介護とおむつ替え等が一気にやってくるんです。  仕事が終わってからの社員食堂で同僚たちとのワイワイやりながら食べる食事の時間が今の私の原動力になっていました。当たり前のように同年代の仲間がいることが楽しい。  そんな時でも急な応援が入る時があるんです。食事中に呼び出されるのは本当はみんなが一番辛い、でも私はいつも、率先してオムツ替えに向かいました。  あの三回肥溜めにはまった日から、私はうんちに対する耐性ができていたようです。305号室の木村さんは、この老人ホーム一臭い便をする男と言われていますが、私は、食事中でも木村さんのオムツ替えができる。  たとえ食べているものがカレーだとしても、キーマカレーだったとしてもです。 「俺にまかせてっ」て言ってましたね。  いつの間にか俺はおむつマイスターと言うあだ名がついて、女子たちから少し尊敬される存在になり、俺の人生はそこから急に変わっていったんです。    ニューヨークJFK空港。  プライベートジェットは舞い降りた。  中から降りてきた松野グループ会長松野松明。今日は極秘のプライベート旅行。  いつものスーツ姿ではなく深緑のトレーナーに腰パンジーンズ、シュプリームのキャップとバスケットシューズ、首には、ゴールドのチェーンネックレス。  そう松野会長のもう一つの顔は、伝説のラッパーなのだ、世界最高齢と言っても過言ではないだろう。  その横で前田四郎も会長に合わせるため、ダブダブのジーンズにトレーナーそしてお揃いのシュプリームのキャップを斜めにかぶり、黒いグラサンに身を包んでいる。  そしてつかず離れず、あの霞誠一郎も、ヒップホップ系ファッションに身を包み、黒のアタッシュケースを離さず、付かず離れずいつもの距離で会長のそばを進んでいくのだった。 しかし一つだけ今までと違うことがある。それはナンバーツーの前田四郎も御歳88歳を迎え、霞のアタッシュケースがもう一つ増えたことだ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加