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再会
陸也が目覚めたとの報せが来た数時間後、春樹と律は隣町の病院にかけつけていた。
面会も許されたため、そっと緊張した足取りで病室に入る。
すると足音に気づいたのかベッドの上の陸也が少し窮屈そうに動いた。
「……おー、兄貴、春にい」
何年振りかに聞く声にこみあげるものがあったのか律は脚の力が抜け、急いで春樹が律を引き寄せて再び立ち上がらせる。
その素振りを見た陸也は数秒間穏やかな顔つきで黙り込み。
「……ようやくくっついたか」
少ししてから発せられた陸也の言葉に律は目を丸くして、春樹は苦い顔をする。
「えっ、どういうこと?」
「いつから気づいてたんだよ、勘が鋭いな……」
春樹の言葉に今度はその方を向いて律が「えっ!?」と驚愕の表情をする。おそらく意味がわかってないのは律だけだ。
「それはそうと……春にい」
「ん?」
「俺……テスト、満点だったぜ」
そうだ。あの時の約束の結果を今はじめて本人の口から聞けた。
ニッと笑う陸也の頭を春樹は撫でる。
「あぁ、最高の出来だった。ぶっちぎりの学年首位。さすがは陸也だな」
そう言うと陸也は徐々に目に涙を溜め始め、「おう!」と笑うとともに涙が零れた。
「でも悔しいな、もう俺、高校卒業して大学入っててもおかしくねぇ年齢だってのに」
「陸也なら勉強すれば大学は入れるぞ。俺がまた勉強教えてやるし」
「ホント?」
「本当。でもその話は退院した後な」
「……ん」
納得したように陸也がうなずき、今度は律を手で招く。
「どうしたの?」
すると陸也は小声で律に言った。
「ちゃんと春にいに幸せにしてもらえよ」
「……なっ!?」
「母さんのことは、俺がなんとかするから」
そこでその小声が聞こえてしまった春樹が気まずそうな顔で会話を遮る。
「あー……そのことなんだけど」
「あれ、聞こえてた」
「お前らの母さんには『自立してください』って言って置いて来ちゃったから、たぶん陸也ももう自由だ。安心して勉強できるところに住むといい」
「はぁ!?」
ビックリして飛び起きた陸也がその途端咳き込む。そう、陸也は溺れたことで軽い肺炎を患ったのだ。軽度で済んだことは本当に奇跡だ。
「陸也、大丈夫!?」
咳き込む陸也を支える律に、手を垂直にして横に振りながらある程度咳き込み。
「なんだよ、『置いて来ちゃった』って! ちゃっかりか!」
「いやぁだって話に拉致あかないから……」
そのときハッとして陸也は律を見る。律は意味が分からず首をかしげるが……。
その手首に、包帯が巻かれていた。
「あっ……」
律は急いで袖で隠すがもう遅い。
陸也が目覚めなかった数年間、母親の面倒を見ていたのは律だ。どんな目に遭わされてたかと思うと、恐ろしくて考えたくもない。
そうして、律は病んだのだろう。そして、手首を切った。
「兄貴……ごめんな。守ってやれなくて」
「……大丈夫だよ、陸也が無事に目覚めてくれたことの方が嬉しいから」
「でも、もう自分の体を傷つけるような真似、すんじゃねぇぞ」
「……うん」
その兄弟の会話に春樹が横から入り込む。
「俺が居るからもうその心配はないよ」
すると「出たな」と言いたげに陸也が笑った。
「出た出た、スパダリ」
その言葉に春樹は目を丸くして首をかしげながら律を見る。
「『すぱだり』ってなに?」
「さぁ……?」
そんな二人の会話に陸也は苦笑いを浮かべた。
***
陸也に無理をさせまいと割と早々に病院を後にする二人。
夕暮れ時、世界は静まっていて。
隣町である自分たちの町に向かう古びた列車に客は居らず、二人はその中で静かに指を絡ませた。
季節は、春。
春の樹から散る桜の花びらがふわりと列車の開いている窓から入り込む。
「……ありきたりなセリフだけど。世界に二人しかいないみたいだ」
春樹の言葉に律は微かに笑って、隣の春樹に体を預けた。
「そうだね」
すっかり長くなった律の美しい髪がさらりと春樹の首筋にかかる。
あぁ……困った。
そう春樹は思う。このまま律を自分だけのものにしてしまいたい。
大人になった律は以前にも増して色気づいていた。本人にその自覚はないようだが、だからこそ困る。
「……ずっとこのままでいられればいいのに」
ふと、その透明感ある唇が憂いを発した。
「え?」
「春樹は高校の先生、僕は町の古書店のアルバイト店員。関係が釣り合うのかなって……、いつまで一緒に居られるのかなって不安になる。でもそれを忘れていられるこの時間が何よりも愛しい」
春樹は律が古書店で働いていることを初めて知った。あたりまえか、再会したのはつい最近のことなんだから。
春樹が口に手を当ててそのことを驚きつつ噛みしめていると、ふと懐かしい記憶がよみがえった。
あの高校三年の花火大会の夜、みんなで語り合った将来のこと。
律は『僕は……大学は行かないけど、本にまつわる仕事がしたいな』と言っていた。律は自分の居ない所で律なりに夢を叶えていたことを知る。
すると沈黙が落ちて、繋いでいたはずの手が解かれていることに気づき、憂いのある律の表情を見た春樹はその解かれた手で力強く律を引き寄せた。
そうだ。律は今、不安なんだ。
「……大丈夫。何事も良いようになるから。心配するな」
その言葉を聞いた律は瞳に光を宿して春樹を振り返る。
「春樹……。うん、そうだね」
そうして春樹に体を預け直してぽつりとつぶやいた。
「春樹が見つけてくれたのが僕で……本当に良かった」
「ん?」
「学校の中でキラキラ光ってた春樹が、悲しさで埋もれていた僕をすくい上げて幸せでいっぱいにしてくれたんだ。僕は幸せ者だよ」
「光ってないよ」
「え?」
「そう律に見えてただけ。でももし本当に光ってたなら……それは律がいたから」
思い出したくもない。律が学校に来なくなってから色が消えたあの卒業までの日々を。
それらを忘れ去るように、春樹は律に覆いかぶさる体勢になってキスをした。
もうすぐ列車は自分たちの町に入る。
ただそれまでは、この純愛なる時間を堪能させて。
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