第二章

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第二章

1 その翌日。 俺達は早速死神神社に訪れ、凪と雫、その場にいた康一にも今の自分の状況を分かり易く説明した。 「まぁ信じられない話ではあるけどこれまでの事を思えば今更疑う事でもないわな。」 「なるほど、それで茜は日向誠側に付いてる訳ね。」 木葉と似たような反応を示す康一と、茜の今の状況の話を聞いて複雑な表情を見せる凪。 「確かにそれなら私もそうしていたかもしれない。 勿論桐人達だって大事だけど…。 でもどうしたって天秤にかけられない物ってやっぱりあるじゃん…。」 「まぁ確かにな…。」 実際に茜の過去を知って、茜にとってどれだけ日向誠の存在が大事な物だったのかを思い知らされた。 それは、もし仮に他に大切な物が出来たからと言って捨て置ける物じゃない。 だからと言って新しく手に入れた物を手放して良い理由にもならない。 なら俺達が茜の為にすべき解決はその選択肢を無くす事だ。 「俺達の目的は茜を救う事であり、日向誠をを救う事でもある。 勿論、だからと言って茜のように日向誠の世界征服に加担しようって訳じゃない。 日向誠は助ける。 でも世界征服はさせない。」 要するに選べないのなら選ばなければ良い。 両方を選べるのなら選択肢なんて必要ないしその方が良いに決まってる。 「理想はそうだけど…そんなに上手くいくかな…?」 不安そうに凪が聞いてくる。 「出来る出来ないじゃない。 やるしかないんだ。 それぐらいの事をしなければ未来はきっと変わらない。 あいつを救う事だって絶対に出来ない。」 「うん…そうだね…。 私もそう思う。」 そう言う凪の表情には決意のような物が見て取れた。 「私も協力する。 私だって茜を救いたい。 一緒に過ごした期間はそりゃ日向誠には全然適わないけど…私にとっても茜は一緒に暮らした家族だから。」 「私だってそうなの!また三人で暮らしたいの!」 それに雫も同調する。 そうだ。 確かに茜にとっての本来の家族は間違いなく日向誠だ。 でも死神神社の巫女として過ごした茜も、そして二人と共に過ごしていた時間も、間違いなく茜の一部なんだ。 切り離して良い筈がない。 あいつが過去を受け入れたとして、ここで過ごした時間が消えるわけじゃないんだ。 「やろうぜ。 今度こそ茜を救うんだ。 そして全てが終わったら今度は皆で蜜柑を食べよう。」 目指すべき未来は、そんなありふれた物で良いんだ。 そのありふれた時間を一緒に大切な人達と過ごしていたい。 そんな時間を守り抜きたい。 その為に俺は力を得たんじゃないか。 「うん、やろう!」 そう言って木葉が手を突き出す。 「おう!」 それに俺が手を重ねる。 「わ、私も!」 慌ててその上に千里が手を重ねる。 「ふふふ、楽しそうですね。」 それに言葉通り楽しそうな表情で光が手を重ねる。 「私もやるの!」 その上に雫も勢いよく手を重ねる。 「なんか良いね、こう言うの。」 それに凪も手を重ねる。 「おいおい、俺も忘れんなよ?」 「あ、居たの。」 「酷くねww?」 〈相変わらず平和な頭だね。 現実は形だけのハッピーエンドで終わりじゃないよ。〉 「ならその先もハッピーエンドを目指すまでだ。」 「ふふふ、桐人さんらしいのですー。」 〈はぁ…頭痛い…。〉 「大丈夫ですよ、雨ちゃん。 今度こそきっと彼が未来を変えてくれますよ。 私が保証します。」 〈なんであんたが保証出来るの…?〉 「出来ますよ。 だってその為に雨ちゃんがここまで頑張ってきたんですから。」 〈やっぱりムカつく…。〉 「ふふふ。」 「今度こそ絶対成功させるぞ!」 「「「「「おー!」」」」」 今、俺達の心は一つだ。 運動会とかでやる円陣組んで気合いを入れるやつをやった後、早速俺達は茜の居る日向誠の秘密基地に向かう事にした。 本来ならば、俺達が日向誠の秘密基地の場所を知るのは凪が調査して発見したからだが、今回は俺が場所を覚えている。 この辺りも、以前とは違う展開だ。 そして秘密基地の入り口までたどり着いた時、また違う事が起きた。 入り口前に茜が立っていたのだ。 「茜。」 「へぇ、もう来たのね。」 「おう、今度こそお前を助けに来た。」 「だから…私はあなたに救われるような覚えはないわ…。 私は私の意思でここに居る。 誰の助けもいらない。 それを邪魔するのなら、誰であろうと容赦しない。」 言いながら茜は再び焔牙を取り出し、構える。 「茜、話を聞いて! 私達はあなたと戦いにきた訳じゃないの!」 それを見て凪が必死に説得を試みる。 「私に話はないわ。」 「私たちにはあるんだって!」 「無駄だよ。」 そしてそれを俺が手で制す。 「ちょ、桐人。」 「話を聞く気が無いのなら聞かせる気にさせれば良い、だろ?」 言いながら俺も刀を取り出す。 「ちょ、ちょっと!」 「分かっているじゃない…。 まぁでもどちらにせよあなた達の話を聞く気はないのだけれど。」 「それも知ってるよ。 普段のお前を見てたらな。」 振り下ろされる槍を刀で受け止めながら、そう返す。 そしてその体制のまま蹴り飛ばす。 「っ…!?」 「お前がそうやって戦う理由はさ、日向誠を守る為だったんだな。」 「だから何?」 「お前の正体は日向誠の妹、日向茜。 そしてお前にとってあいつは唯一の味方だったんだよな。」 「何故それを…?」 「俺は一度お前を救えなかった事を後悔してここに来た。 このまま何もしなければお前は消えてしまう。 そんな事もう絶対にさせない。」 「だったらどうするつもり…!?」 再び槍を握り直し、茜は向かってくる。 「お前を、そして日向誠を守る。 そして今度こそ、こんな戦いを終わらせる!」 叫びながら茜をバリアで弾き飛ばす。 「っ…!? …分からないわ…。 どうしてあなたがそこまでする必要があるの…? 日向誠の事も、私の事も、あなたには全く関係の無い話でしょう。」 「そんな事ない! 俺も、そして凪も雫も、お前と一緒で一人でずっと戦ってきた雨も、木葉も千里も光も、あとついでに晃一も。」 「酷くね…?」 「皆お前と日向誠を助けたい、仲間なんだ。」 「分からない…。 今まで私達にそうして手を差し伸べて来た人間なんて居なかった。 皆自分の身が可愛くて味方するどころか敵に回った。 なのに何故あなた達は私をそんなにも信じるの?」 「それが本当の仲間だからだよ。」 「分からないわ。」 そう、茜には分からないのだ。 これまでそう言う存在が日向誠しかいなかったのだから。 「分からないだろうな。 でも分からないならさ、知れば良いんだよ。 実際俺はお前と出会って今まで知らなかった事を沢山知る事が出来た。」 実際それは納得できた事ばかりじゃない。 認めたくない事もある、納得できない事も。 でも認めるしかない事も、納得させられた事も、そんな現実の厳しさを知れた事も、茜と出会い、夢幻を始めとした沢山の困難や試練を乗り越えたからこそ知れた事だ。 「俺はこれまで、ずっと正義は一つだけだと思ってた。 でもその信じてた正義が否定されて始めてそれが本当の正義じゃないって分かった。 独りよがりな正義なんて結局自己満足でしかないんだって思い知らされた。 でも別にそれでも良いんだ。 正義はきっと一つじゃない。 それぞれに信じる物があって、それぞれに守る物がある。 例え自己満足だとしても、一緒に信じてくれる仲間が居る。 信じ抜きたい未来がある。 一緒に信じ抜ける仲間がいるならただの自己満足なんかじゃない。 もっと強い共有概念だ。 そうやってお前も今戦ってるんだろ?」 「はぁ、開き直りもここまで行くともはや清々しいわね…。 あなたは守るべきものを正義と呼ぶ。 でも私は違うわ…。 私にとってそれは存在意義なの。 私は私の為に彼を、日向誠を守る。 今私がこうして生きる理由はそれ以外に無い。」 「理由ならまだあるぜ。」 「へぇ。」 「お前は俺達の仲間で、全てが終わったら一緒に蜜柑を食べるって言う理由がある。」 「いや…キリキリ流石にそれは無理矢理が過ぎる気が…。」 木葉に呆れられた。 「ふぅ…あなたは相変わらずね…。」 「お互い様だろ。」 「茜が居なくてさ、茜の分のご飯がいつも余っちゃうんだよ。 早く帰ってきてよ。」 そう言うのは凪だ。 「別に…作る必要なんて…。」 「良いのかな、昨日の献立は茜が好きだったやつなのに。」 「あなた…それは脅しているつもりなのかしら…?」 「だとしたらどうする?」 何この子やっぱり茜の扱いに慣れてない? 「はぁ…あの時もこうしてあなた達二人の口車に乗せられて散々な目に遭ったわね…。」 多分合宿の時の事だろう。 と言ってもあの時はあなた俺の話一切聞かなかったですよね…? 完璧に凪に脅されたから渋々だったよね? 「そうだったかしら…。 そんな事はどうでも良いわ…。 散々な目に遭った事の方が問題よ。」 あ、これまだ根に持ってる奴じゃん…。 「でもなんだかんだお前もお化け屋敷とか協力してくれただろ?」 やる気は全く無かったけどな。 「実際無かったもの…。」 ですよねー…。 「でもそうね…。 あなたに同意するのはとても遺憾な事だけれど…。 あなたに巻き込まれたせいで知りたくもない事を無理矢理知らされたと言うのはあるのかもしれないわね。」 俺はそんな事言ってないんだよなぁ…。 「でも奇遇だな、その意見には俺も同意だぜ。」 「えぇ…とても遺憾な事だけれど。」 何で二回言ったしwwあれかw大事な事だからってか、やかましいわw 「あなたがまさかここまで来るとは思わなかったわ……。 私も雨が言う通りあなたが自殺する事で全てが終わると思っていたのだから……。」 「き、桐人君は自殺なんてしない!」 ここまで黙っていた千里が叫ぶ。 「そうね、あなたと違って。」 「っ……!」 言い返され、千里の顔は蒼白になる。 「ち、千里っち!」 慌てて木葉が駆け寄る。 「でもあなたは死ななかった。 そしてそれどころか、雨の試練を自分の意思で受け、今度こそ私を救おうとここに来た。」 「あぁ……そうだよ。」 「どうして……? 何故あなたは今も生きているの? 何故怖くて逃げ出さないの? あなたと私は……何が違うと言うの……?」 言いながら茜は俺を鋭く睨んだ。 「随分時間がかかっていると思っていたら……。 こんなところで立ち話をしていたのか、茜。」 ドアが開き、日向誠が姿を現す。 「……!?兄さん……。」 「日向……誠……。」 見間違えるはずも無い。 他の全員が初対面だとしても、俺だけは一度雨幻を受ける前の世界で見ているのだから。 「君達の相手をしている暇なんてないんだ。 邪魔をするなら容赦はしないよ。」 「ちょっと待てよ。 お前はこのままで良いのか?」 「何が言いたい?」 「世界征服なんて本当はしたくないんだろ? こんな事今すぐやめろ。」 「分かったような口を聞くな! わざわざそんな安っぽい説教をする為にお前はここに来たのか!?」 「そうじゃない。」 苛立ちを隠せない様子の日向誠に努めて冷静な態度で返す。 もとよりこいつらが求めてるのがそんなありがた迷惑な正論なんかじゃない事ぐらい俺だって分かってる。 それにこいつらだって本当は頭の片隅だけだとしても分かってるんじゃないか。 それが正しくて、間違ってるのは自分だと言う事も。 「それがお前の正義なんならさ。 俺達に、いや、もっと沢山の人達にぶつけてみろよ。」 「……どう言う意味だ?」 ここで俺はポケットに入れていたスマホを取り出し、電話をかける。 「あ、もしもし蟹井?」 「あ、お前ら揃って何やってんだよ?」 「いや、ちょっと訳ありでさ。」 「お前はともかく真面目な前村とか成績トップの染咲が無断で休んだって朝のホームルームでちょっと騒ぎになってたぞ。」 くう……俺と二人の扱いの差よ……! そう、今日は平日で、本来なら学校だし、時間的に言えば今は昼休憩の真っ只中だ。 木葉、千里にはあらかじめ説明している。 二人とも一度は渋ったものの、ちゃんと考えがあると伝えると一日ぐらいならと納得してくれたのだ。 「なぁ、蟹井、ちょっと頼みがあるんだ。」 「頼み?サボりの言い訳をしとけってか? それなら今更だぜ?」 笑いながら言う蟹井。 「そうじゃないって、今からスマホをスピーカーにして放送室に向かってくれないか?」 「は?」 これには蟹井も、俺の周りに居た全員も同時に意味が分からないと言う表情を示した。 「必要な事なんだ、頼むよ。」 「ったく、、お前の事だから意味も無くそんな事言わないんだろうな。 仕方ない、今度ハーゲンな。」 「っ、分かったよ。」 さて、準備は調った。 「話してくれないか? お前の事を。 お前達がどうしてこうなったのかを。 俺達皆に。」 「なんでそんな事を……!」 「話してみれば良いじゃない……。」 「茜!?」 「どうせ、今更もう失う物なんてないじゃない……。」 「そうだな。」 そうだ。 茜も、日向誠も、理不尽な理由で孤立させられ、お互いだけを味方としてこれまで生きてきたのだ。 それがどんなに苦しく辛い物だったのか、想像するだけで心苦しくなる。 でもそれはあくまでも俺の想像だ。 本当の痛みなんて本人にしか分からない。 でも、だからこそ伝えなければならないんだ。 想像するだけじゃ分からないし伝わらなくても、仮に全てを伝えたところで結局想像でしかその痛みを知る事が出来ないとしても。 でも伝えなくちゃ、何も始まらない。 何も変わらない。 自分にとっての正義があるなら、それを叫ばないとただの自己満足でしかない。 「良いだろう。」 そうして、日向誠は語り始める。 彼がこうなるに至った経緯を。
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