第一章

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第一章

1  光の微笑みは、確かに沈みきった俺達の心をほんの少し軽くしてくれる物だった。 でもそんな物はあくまでも気休めでしかない。 どんなに心が少しでも軽くなったところで、現状は全く変わっていないのだから。 「でも…あいつはもう!」 数分前。 日向誠をかばって警察に拳銃で撃たれた茜は、駆け寄った俺の目の前でまばゆい光を放ちながら消えていった。 茜がさっきまで居た場所には何一つとして残っておらず、まるで最初から何も無かったのかのようだった。 「…だから、諦めるのですか?」 そう言う光の声はさっきまでの年相応な無邪気さを感じるような物ではなかった。 それとは全く逆の、冷たく不気味な程に落ち着いた声だった。 そんな声に、その場に居た全員が肩を震わせる。 「嫌だよ…そんなの。」 そう、最初に口を開いたのは木葉だった。 「せっかく今からもっと仲良くなれるかもしれないって思ってたのに…こんなの嫌だ…。」 「私も…。 短い間だったけどこれまでずっと一緒に暮らしてきたのに…これで終わりなんて…。」 木葉に続いて凪も再び涙ぐむ。 「そんなの…俺だって…!」 正直、側面だけを見ればあいつとの間に良い思い出なんて全く無かった。 見た目は美人そのものなくせに、無愛想で口を開けば憎まれ口を叩くし最後の最後にだって散々馬鹿にされたばかりだ。 あんな奴がメインヒロインだなんてとんでもない。 可愛げのかの字もない通称不屈のノーデレラ(命名俺)だ。 でもそんなあいつとの日常が、なんだかんだ俺は好きだった。 あいつだって例え仕方なくとは言え助けてもくれた。 アクシデント続きだった夏合宿だって、あいつがいて良かったと本気でそう思ったんだ。 それが全部全部消えて無くなってしまうなんて。 「そんなの嫌に決まってんだろ…!」 「なら、諦めないでください。 戦いはまだ終わっていません。 いえ、終わらせてはいけません。 今しかないんです…! 彼女を助ける為に私たちが何かを出来るのは。」 そう言う光の声は冷静な時の光にしては必死とも取れる弱々しいものだった。 「どうしたら…良いんだ…?」 諦めるなんて出来るはずない。 そう思えるほどに、俺にとって、いや、ここに居る俺達にとってあいつの存在は無くてはならない物にもうなっているんだ。 「死神神社の巫女が再び命を落とした際、輪廻の波に乗る事は出来ず、存在そのものが無かった事になる、と言うのは以前皆さんにお話しましたね? ですがそれは何も消えた直後にそうなる訳ではないのです。 実際、その証拠に今桐人さん達はまだ彼女の事を記憶しています。」 「た、確かに。 でもいずれは俺達の記憶から無くなるって事だろ?」 「えぇ、このまま何もしなければ、明日の午前0時には茜さんに関する全てのデータがリセットされ、あなた達の記憶からも消えます。」 「っ…。」 「でもよ…そのタイムリミットまでに俺達に何が出来るんだ? 実際その茜ってやつはもう影も形も無いんだぞ?」 そう口を挟んだのは、さっきまで気まずそうに黙って俯いていた康一だった。 「普通には不可能です。」 口調からも伝わるはっきりとした断言。 「普通に…?」 「はい、ですがこの状況を変える事が出来る可能性を持った人間と、その可能性を作れる人間がいます。」 「だ、誰なんだ!?」 「あなたですよ、桐人さん。 これはあなたにしか出来ません。」 「俺…?」 言われても全く実感が湧かない。 「そんな事言われても…俺は大切な物を守る力を持っていても結局守ることが出来なかったんだぞ…?」 「以前、雨ちゃんの話を聞いた時に私が言った事は覚えていますか?」 「あぁ…あいつにとって俺は危険な存在って言うのだろう?」 「はい、雨ちゃんは最初からそれを知った上であなたを茜さんと出会わせた。」 「確か危険だからこそ目の届く所に関係者をまとめておきたかった、ってやつだろ?」 「そして雨ちゃんにはそれが彼女にとっても必要である事だと言える根拠がある、とも。 桐人さんの存在は、茜さんにとって、身を蝕む毒でもあり、その状況をたちまち改善する薬にもなり得る。」 「でも…だからって…。」 「確かに桐人さんだけの力では難しいかもしれません。 桐人さんが今彼女を救う為にはもう一人必要な協力者が居ます。」 「そこで、最初の話に戻る訳ね。 それで、その協力者って言うのは?」 ここで木葉が口を挟む。 「皆さんは茜ちゃんが持つ力についてはご存じですよね。」 「あぁ、炎を操る力と…あと読心術と夢幻だろ? でもあいつはもう居ないし同じ人間は二度試練を受けられないって聞いてるぞ?」 「うん、私もそう聞いてる。 光ちゃん、それがどうかしたの?」 「もう一人居るのですよ。 茜ちゃんが持つ力、夢幻と似た力を持っている人間が。」 「え!?」 それには俺も木葉も、事情を知ってそうな凪でさえ驚きの声を上げる。 「そうですよね、雨ちゃん。」 そう言って、光は背後の壁ににこりと笑みを送る。 【はぁ…私の力はともかく最初からここに居たのもバレてたなんてね。】 めんどくさそうに姿を見せた雨は、ポケットからマーカーを取り出してどこから取り出したのかも分からない看板に文字を書いて見せてくる。 「だって大好きな茜さんのピンチに雨ちゃんがただ遠くで見てるだけ、なんて事する訳ないじゃないですかー。」 【あんたのそう言う私には全てお見通し、みたいな態度本当にムカつく…!】 相変わらず最後の[…]を書く時に恨みがこもってるよなぁ…。 「おい、雨。 今の話は本当なのか?」 【本当だったらどうするの? 今まで散々人の言う事を信じなかった癖に今更本当も嘘もないんじゃないの?】 「くっ……。」 【実際、全てが私の予言通りになる筈だった。 あなたとの出会いで茜は変化し、そして今あなたは茜を失った。】 「でも俺は自殺しなかった。」 【そう、残念ながらね。】 「おいこら…。」 【まぁもっともあなたが死なない未来も力とは別に仮説として想像はしていた。 光があなたの元に現れた時から。】 言われて考える。 確かに今この場に光が居なかったらどうなっていただろう。 絶望と罪悪感に苛まれて、自分でもどうなっていたのか分からない。 これまでだって光はそうやっていつもそばで支えてくれていた。 ここまで俺が立ち上がって来れたのは光のおかげだと自身を持って言える。 【そしていずれ私の元に現れる事も想定していた事。】 「だからそこで事の成り行きを見ていたのか。」 【あなたとの想像通りって言うのは激しくムカつくけどそうだね。】 だから君ら俺の事嫌いすぎじゃねwww? 「でもさ、茜が持ってる夢幻…ってさ、死神神社の巫女でリーダーだから追加で備わってるって聞いてるんだけど。 なんで死神神社の巫女じゃない彼女がそんな力を?」 遠慮がちに凪が口を挟んでくる。 「桐人さんは以前雨ちゃんから話を聞いていると思いますが、彼女も生前自殺して死神様が転生させた人間の一人なのです。」 それに、雨の代わりに光が答える 「雨っちも!?」 聞いて驚く木葉。 「あぁ…まあでも確かに彼女も力を持ってるようだしそうかなとは思っていたけど。」 対して凪は納得しているようだ。 「そして彼女の場合、生まれ変わったのは死神様の意思ではありません。 自らが望んで、死神様に申し出たのです。 他でもない茜さんを救うために。 そして、その結果、茜さんや凪さん、雫さんが死神神社の巫女として生まれ変わった。」 それを聞いて、あの日雨が言っていた言葉を思い出す。 茜が死神神社の巫女になったのは私のせいだと。 「そう言う事だったのか…。」 【また勝手に人の事をべらべらと…。】 「ふふふ、雨ちゃんは照れ屋さんですから自分の事を人に話すのが下手なのですー。」 【喧嘩売ってんのか!?】 どうポジティブに考えたらそんな発想になるんだよ…。 人を散々ロリコン扱いしたクソガキだぞ…。 【そこは別に間違ってないと思うけど。】 あらやだ思ってる事筒抜けじゃない…。 「話を戻しますね。 死神様は雨ちゃんの要求を受け入れ、雨ちゃんが茜ちゃんを救うた為に三つの力を与えました。 一つ目に離れた相手と心の声で会話をする事が出来るテレパシー能力。 そして近い将来起こりえる未来を予知する能力。 そして…あだっ。」 【喋りすぎ。】 看板で光を殴る雨。 「うー痛いのですー。」 【私が持つもう一つの能力は雨幻。 発動した相手の心に雨を降らせる力。】 「心に…雨?」 【あ、別に私が降り注ぐわけじゃないから。 そんな発想が息を吐くように思いつきなんて本当にスカウターで計りきれないロリコンさんだね。】 「あほか!?」 どうせ計るんなら普通の戦闘力の方が良かったわw! 【もし私が与える試練、雨幻を乗り越える事が出来たなら、一度だけ今の記憶のまま過去をやり直す権利をあなたにあげる。】 「過去をやり直すだって!?」 「そっか…!それで茜っちが消える前に戻れば良いんだね!」 【そうなるね。 でも最初に言っておくけど私の雨幻は茜の夢幻同様簡単な物じゃないよ。】 「上等だ。 どっちみち他に手段は無いんだ。 やってやる。」 【最初に言っておくけど。 雨幻の力でやり直せる過去は一つだけ。 そして夢幻同様受ける事が出来るのも一人につき一度だけ。 それでも良いの?】 「当たり前だろ。 それでも俺はやる。」 【そう、相変わらずあなたは一度言い出したら何を言っても聞かないんだね。】 「お互い様だよ…。」 それを聞いて一度ため息を吐くと、雨は看板を傍らにおいてじっと俺の目を見る。 「な、何だよ?」 唐突に間近で真剣な眼差しを向けられ、思わず動揺する。 〈子供に真剣な目で見られて照れるなんて本当にどうしようもないロリコンさんだね。〉 「あほか!こんな間近でわざわざテレパシー使って言う事かよ!?」 そう叫ぶと、彼女は一度クスリと笑い、改めて真剣な眼差しを向ける。 〈あなたにお願いするなんてとても不本意な事だけど。 お願い桐人。 茜を助けて。〉 「っ…!?」 本当に何なんだよこいつら…。 なんで急に大事な時になってやっと名前呼びになるんだよ…。 今まで散々ロリコン扱いしやがるわ、前置きがくっそ失礼だし…。 まぁでもこいつに言われるまでもない。 俺はあいつを救うって決めたんだ。 「なんだかんだツンデレでロリコンなキリキリなのであった、まる」 「あほか!?」 〈じゃあ始めるよ、ロリコンさん。〉 あ、そこは継続なんですね。 〈そっちの方が良いみたいだから。〉 「いや!?全然良くないですけど!?」 そんな俺の抗議も空しく、雨は目を閉じる。 そして俺に向かって左手を突き出し、指をさす。 〈雨幻。〉 その声が聞こえたのを最後に、俺の意識は途絶えた。
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