私がやってあげてるの

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私がやってあげてるの

 塩をまぶして縫い付けられたという、細くて黒くて固そうな糸は、ミミちゃんのおしゃべりで柔い唇をヒリヒリと痛めつけているらしい。  糸の周りが、赤く痛々しく腫れてきている。  ○○くんが寝ていましたって先生に話したんだと、嬉しそうに私たちへ報告したあと算数の授業でミミちゃんは、ウトウトと船を漕いでいた。しかも寝息までたてて。  △△ちゃんがお菓子持ってきていましたと先生に話したあと、取り上げられて泣いているあの子を見ながらキャンデーを口にほおばって、ブサイクな顔ねえとケタケタ笑っていた。同じお菓子をランドセルにしのばせて。  でも、誰も言わない。  ミミちゃんだって同じことしてるじゃん、とは誰も言わない。  先生にも打ち明けない、先生も知っていて何も言わない。  そんなことしたら、一気にミミちゃんの機嫌が悪くなり、教室で泣いたり喚いたり、机を蹴飛ばしてギャアギャアと、小さな怪獣みたいになってしまうから。クラスでいちばん背が小さいミミちゃんなのに、すごい力で教科書を投げたり、汚い言葉を使うから、みんなブルブル震えることしかできない。  どうしてよ、どうして私が怒られるのよ。  お菓子を持ってきたことが悪いんでしょ。  寝ていたことが悪いんでしょ。  みんなは注意しないじゃない、先生だって同じだよ。  頼りにならないから、仕方なく、私がやってあげたのに。  どうして、私が怒られなくちゃいけないの。  私だから言えるの、私はみんなと違うんだから。  パパもママも大きな会社でお勤めしていて、△△ちゃんのお姉ちゃんはパパの部下だもん。  ○○ちゃんのお友達のお母さんは、ママの会社に入ったばかりだもん。  みんなみんな、私がいなかったらそんなことも知らないでしょ。  だから教えてあげているのに、ちゃんと知っておいた方がいいと思って。  もういい、もういい、パパに言うから。  もういやだ、もういやだ、ママに言うから。  ミミちゃんはしょっちゅう、パパとママに話していたらしい。  私は偉いのよって、学級委員のリカよりもっと上手にできるのよって。  立候補したけれど、リカちゃんは先生のお気に入りだし、成績もよくて物静かで、告げ口なんかしない、優しい子だ。  意地悪する子がいれば職員室へ連れて行き、先生にちゃんと話をするような子だった。  ミミちゃんは選ばれず、まけてぶすくれていたのは無理もない。  いい子ぶって、ああいう奴が一番むかつく、リカなんか大嫌い。  学級委員になれなかったから腹いせで、ミミちゃんは私たちに「やらないといじめられたって、パパとママと、校長先生に言うから」と脅してリカちゃんのランドセルにわざと泥水を入れさせて、カエルを入れさせた。  カエルが嫌いなリカちゃんは、ランドセルが汚されて泣いていた。  あれから学校に来られなくなったリカちゃんのかわりに、副委員になっていたミミちゃんが学級委員になった。  ミミちゃんは、すごく嬉しそうにしていた。  今日からはみんな、悪いことはしないようにね。  全部全部、パパとママと先生に言うからねって、胸を張って。  その翌朝だった。  ミミちゃんに、異変があったのは。  病院に運ばれて、手術を受けたのは。  先生はほっとしながら、みんなに話した。私たちもほっとした。  だから、お見舞いに来てあげたよ。  みんな行きたがらないから、私が行くって言ってあげたの。  ミミちゃんの真似だよ。  お見舞いにきた私を見上げて、ミミちゃんは涙で真っ赤に充血した目をかっと見開いて睨みつけ「ムー、ムー、ムー!」と口を閉じたまま何かを必死に訴えている。  わからないので、ミミちゃんが帰り道で見かけるたびに踏み潰していた、たんぽぽの花を枕元に置いてあげた。  お見舞いのお花だからってお小遣いはもらったけれど、みんなでお菓子を買って食べちゃった。  だって、もう告げ口されたくないもの。  ミミちゃんにお花を買うより、みんなでお菓子を買って食べた方が美味しいし、楽しいんだもの。  それに、ミミちゃんってきっとこういうふうに考えていたんじゃない?  他の子が何かしていることを告げ口すれば、自分が船を漕いでいたり、給食を多めにとったり、花瓶を割ったことに気づかれないで済むだろうって。  今日ね、先生に教えてあげたの。  寝ていたことも、お菓子を食べていたことも。金魚を水槽からつまみ出したり、ニワトリを蹴飛ばしていたこともぜんぶ。  口の中で大きなできものができて、切り取ってすぐはお話ができないみたいで、何も言えないかわいそうなミミちゃん。  しゃべらないようにって、告げ口なんてみっともないことしないようにとママの希望で唇を縫い付けられて、痛そうなミミちゃん。  糸を抜くまではしゃべれない、静かなミミちゃん。  学校へ戻れば、先生がお話ししたいって待っているからね。  今まで、ミミちゃんが私たちにしてきたことと同じだよ。  私だって、同じことできるんだよ。  どう?気分は。  早く良くなるといいね、ミミちゃん。  ミミちゃんは、ムー、ムーと唸って私に向かい、お見舞いに持ってきたたんぽぽを投げつけた。  投げつけたあと、ミミちゃんがはっと目を丸くし、顔色を青くする。  今のこと、ミミちゃんのパパとママと先生に言うね。  私は楽しげに伝えると、ミミちゃんの部屋を出た。  唸るミミちゃんの声は、鼻水をずるずるすする、汚い音と混ざって、私は急いで耳を塞いだ。
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