女優

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外はもう、日が暮れているのだろうなと思いながら、暗い蛍光灯の地下道を歩いている。 壁から染み出した地下水が汚らし気に、マリコの足許まで流れている。 地下鉄の改札を出ると、周りの乗客だった人が、一塊となって、乗り替えの私鉄の改札口に、急ぎ早に流れていく。 いくつもの足が、今日もまた、昨日と同じように、同じ目的地に移動するために動いていた。 疲れ果てた足、自信に満ちた足、或いは、デートの約束でもあるのか、嬉しくて仕方がない足。 ただ、足を見るだけで、その人の今日1日、何があったか想像できそうだ。 マリコは、人との間隔を微妙に取りながら、ショッピングセンターの方へ流れを横切って、移動する。 ここのビルの5階の本屋に寄るのが、今日1日のストレス発散というか、楽しみなのである。 雑誌のコーナーで立ち読みをしたら、いつもの書架に行った。 自己啓発や精神世界のコーナーがマリコのお気に入りだ。 というか、お気に入りというよりも、立ち寄らずには、いられないのである。 自分は、何もできない人間だ。 いつも、マリコは、そう自分自身を見ている。 でも、このまま年を取って死ぬのも、何か悔しい。 別に、有名人になろうって訳じゃない。 マリコ自身が、自分に自信をもてれば、それでいいのだ。 ほら、まわりを見てみてよ。 あそこのショートカットの黒いパンツの子。 美術か何かやってるのかな、 スケッチブック持ってさ。 如何にも、自分に才能があって、人生を楽しんでるって感じよね。 ほらほら、あそこの子なんて、キャリアウーマンを目指してるのかな。 企画の本を手に取って見てるよ。 っていうか、目がキラキラしてるよね。 きっと、希望に満ちているんだよね。 それに比べて、あたしって、どうなのよ。 毎日、毎日、会社に行って、上司に怒られて、嫌な仕事指示されて、あの職場にあたしを活かせる空間なんて、無いもんね。 それで、仕事が終わったら、家に帰ってお笑いのテレビを見て、ただ、ひとりでゲラゲラ笑ってる。 ああ、あたしを変えたいよ。 心底思うね。 マリコは、本棚に並んでいる本のタイトルを、右から順に確認していく。 ああ、これも読んだよね。 潜在意識が喜べば、人生も変わるってさ。 あたしだって、潜在意識に変われるようにお願いしてるっていうの。 でも、変えられないのよね。 うん、これも読んだ。 隣を見ると、昨日も来ていた女の子が立ち読みをしている。 この人も、変わりたいんだなあ。 そうだ、あっちのオジサンも、見たことがある。 こっちのお兄さんもね。 誰もが、何かになりたくて、この書架の前に吸い寄せられてくるんだろう。 砂漠で喉がカラカラになって、どこにあるか見当もつかないオアシスの水を探しているようなものだ。 そんなことを考えていると、ふと1冊の本のタイトルに目が留まった。 「あなたも女優。わたしも女優」 初めて見るタイトルだ。 「なになに、まず、自分自身を変えることは不可能である。」 ってさ、これって、どうなのよ。 自分を変えたい人向けに書いているのに、それは、無理だっていうのは、可笑しいでしょ。 「自分を変えることが出来ないなら、あたらしい自分を作り出そう。」 マリコは、その書いてある内容に、釘付けになっていた。 その内容によると、自分自身を変えるには、性格を変えなきゃいけない。 でも、性格を変えるっていうのは、出来そうで出来ない。 それなら、自分とは別に、もう1人のわたしを架空に作りだして、1人で2人の自分を楽しもうというのである。 「うん。それ面白いね。」 マリコは、今までに、何十冊という自分を変えるという本を読んで来た。 そして、マリコなりに実践もしてきたつもりだけど、考えて見ると、何ひとつ変わっていない。 でも、変えなくて済むのなら、それは出来るかもしれないと思った。 もう一人の自分を作り上げて、それに成りきる。 それなら、出来る気がした。 マリコは、帰り道、駅の近くの居酒屋に寄っていた。 ひとりでお店に入るなんて、ちょっと勇気がいったけれども、そんな冒険をしてみたい気持ちだった。 「すいません。生中に、出汁巻きと、それから、、、そうだ、ドテ焼きください。」 どうよ、なかなか、通みたいじゃん。 そうだ、あたしの別人を作るなら、どんな設定がいいかな。 キャリアウーマンなんてのも良いけど、それじゃ、今の仕事の延長線上だよね。 ただ、今の会社で、仕事が出来る人になるだけ。 折角の別人なんだから、もっとカッコイイのがいいな。 そうだ、女医さんなんてのは、どうかな。 どこかの医大の医者。 専門は、、、外科はちょっと怖いから、そうだ、精神科なんてのは、どうかな。 精神科の美人カウンセラーなんてね。 自分で美人をつけちゃってるの。 「あははは。」マリコは、思わず笑った。 それで、そうだ、梅田のど真ん中の高層マンションに独り暮らし。 うん、独り暮らしだけは、本当だね。 名前はね、綾小路公子。 そうそう、元は、貴族の出なんだよね。 マリコは、自分自身の分身を作ることで、今ある自分から幽体離脱したような、もうひとりの分身に夢を託して妄想を楽しんでいた。 「へえ。お客さん、精神科の先生なんですか。こんな美人の先生なら、わたしも病気になってみたいなあ。」 マリコは、妄想するだけじゃ我慢できずに、店のスタッフにも、自分の分身の話をしていたのだ。 「ええ、お任せあれ。お兄さんの心の病を癒してさしあげますことよ。」 なんて、冗談っぽく答える。 「でも、あれでしょ。精神科なら、ただベッドみたいなのに、寝そべって、催眠術みたいなことして、話をするだけでしょ。それは、詰まんないなあ。先生なら、脈とったり、注射したりしてほしいなあ。だって、美人だもん。」 「あら、美人は、解ってるけど。って、それは冗談。でも、脈も診てあげますよ。何なら、聴診器で胸も見てみましょうか。」 「あはは。先生は、ノリがいいね。」 そんな会話は、マリコを虜にした。 嘘をついてる訳じゃない。 いや、嘘はついてるけど、誰も傷つけてはいないし、これは、マリコじゃなくて、別人なんだから。 そう、あたしは、綾小路公子。 「お兄さん、生中もう1杯ください。」 「あいよ。サービスで、泡、多い目にしておくねー。」 「ちょっと、泡多い目より、液体、多い目にしてよね。」 「おっと、泡、要らない派ですか。」 「だって、泡で酔えないでしょ。」 「酔っぱらった美人女医さんって、可愛いですね。」 そんな会話を楽しんでいたら、急に店の奥のカウンターで、バタンと椅子が倒れる音がした。 みると、50才位の男性が、カウンターから後ろに椅子のまま、仰向けに倒れている。 「お客さん、大丈夫ですか。」 店長のお兄さんが、男性に声を掛ける。 周りの人も、心配そうに男性に注目してるのが見えた。 「先生、急病みたいです。」 その目は、男性を診て欲しいという目であることは、誰だって解る。 「いや、あたしは、医者と言っても、精神科だし、、、。」 「でも、頼れるのは、先生しかいないんです。」 周りのお客が、一斉にマリコを見ている。 そして、その動向に注目している。 ちょっと、止めてよ。 あたしは、本当の医者じゃないのよ。 妄想で作り上げた医者なの。 そんなの、助けられるわけないじゃない。 「先生っ。」 お兄さんの声が大きくなる。 ああ、どうしたらいいの。 周りはあたしの行動を待っている。 「あ、嘘、嘘、嘘。あたしが今まで言ったこと、全部嘘なの。本当は、医者じゃないんです。」 そう言いだそうとした時、隣に座っていた男性が、立ち上がって倒れた男性に近づいて行った。 「私は、医師です。専門外ですが、ちょっと見せてください。」 男性は、倒れた男性を、診察して言った。 「うん。ただ、アルコールの飲み過ぎで意識を失ったようですね。そこまで深刻なものでもないですが、でも、救急車を呼んだほうが良いでしょう。」 そう言って、電話をした。 しばらくして、救急車が来たら、適切な指示をして、また隣の席に戻って来た。 「医者の先生だったんですね。ありがとうございました。」 カウンターの店長らしい人がお礼を言った。 そして、隣の医者が、マリコに言った。 「すいません。先生が行こうと思ってらっしゃったのに、私が先に行っちゃって。」 「あ、いえ。あたしも、専門外だったので、助かりました。」 キャー。 何、この人。 本当のお医者さんなのね。 しかも、かなりのイケメン。 「そうだ。どこの病院にいらっしゃるんですか。良かったら、この後、私の知っているお店に行きませんか。」 キャー、どうしよう。 これって、まさかのお誘いだよね。 でも、ダメダメ、だって、あたしは医者じゃないし、大体、この居酒屋で喋ったことって、全部、嘘なんだもん。 「あ、ごめんなさい。あたし、明日も早いので、もう帰らなきゃなんです。また、ここであったら、その時は、お付き合いさせていただきますね。」 そう言って、早々に店を出た。 危ない、危ない。 もう少しで、あたしの嘘がバレるところだったわ。 それにしても、イケメンだったわね。 しかも、お医者様。 居酒屋で、男性からお誘いを受けるなんて、そんなことある? うん、美人の女医さんということになってるからね。 美人は合ってるけど、ん?あはは、女医というのは嘘。 もし、あたしが、女医でなかったら、彼は、あたしに声を掛けたのかな。 ううん、掛けるわけないよね。 っていうか、彼のお店に行って、そこで、ゴメンナサイ、嘘だったんですって告白してさ、それで次の会う約束するってのは、ダメだったかな。 って、あたしも未練がましいね。 その日、マリコは、家に帰って暗い部屋のスイッチを入れる。 洗面台の鏡に映った顔を見て、「綾小路公子です。」と冗談っぽく言ってみる。 化粧を落としたら、トボケタ顔のマリコが、鏡の向こうで女医さんを見ていた。 ああ、疲れた。 でも、もう女医は、懲りごりよね。 というか、職業を変えるのは無理があるね。 CAさんもダメ、美容師さんもダメ、あれもダメ、これもダメ。 良い人が現れても、本当の自分じゃないから、結局、今日みたいなことになっちゃう。 あの別人になるっていうのは、職業を変えるのは無理があるよね。 そんなことがあった次の日。 「君、この資料、今日中にやってくれないかな。」 部長が、マリコに言った。 もう、今日中って、何考えてるのよ、あたしはアンタの使用人じゃないのよ。 と思った時に、そうだ、もし別のあたしだったら、例えば、ドラマに出てくるような主人公だったら、どう答えるんだろうと考えてみた。 そうだ、もしテレビドラマの主人公だったら、こうよね。 「ええ、分かりました。部長も大変ですね。体調壊さないでくださいね。あたしに出来ることがあったら、何でも言ってくださいね。」 そう言って、人気女優になりきって、ちょっと小悪魔的に微笑んでみせた。 すると、部長は、びっくりしたようになって、ちょっと嬉しそうに、「ありがとう。」と言って顔を、赤らめた。 うん、これって、なかなか良いじゃん。 見た目も、職業も、あたしのままで、それで別人になるんだから、嘘がバレないし、安心だよね。 あれ、あっちの新人のタクミ君、暗い顔してるよね。 こんな時、ドラマの美人女優だったら、って、勝手にまた美人って付けちゃってるけど、もし、美人女優だったら、、、、。 「ねえ、取引先でミスしちゃったんだって?くよくよしてないで、もう1回、相手に会ってきなよ。それでもダメだったら、あたしが飲みに連れて行ってあげる。」 そう言って、ドリンク剤を1本、デスクの上に置いた。 「先輩、ありがとうございます。先輩に、飲みに連れて行ってもらえるなら、ダメになっちゃった方がいいな。ダメもとで、行ってみます。」 どうよ、あたしの女優っぷりは。 あれ、あっちの方で、女子が集まってるよ。 「ふうん。それで係長が、セクハラしたって?大丈夫、あたしが行って、ぶん殴ってやる。」 ここは、昨日見たドラマの女刑事のマネだ。 すると、「ちょっと、待ってください。あたしが、自分の口でちゃんと言います。でも、ありがとうございます。先輩がいると思うと、勇気が出て来たみたいです。」 マリコが席に戻る時に、後の方で、女子たちの「先輩って、カッコイイ。」という言葉が聞こえて来た。 これって、なかなか使えるね。 よし、これからは、あたしのままの女優作戦でいってみるか。 そんなことを続けていると、マリコは、職場でも人気ものになっていった。 どんなシチュエーションになっても、テレビドラマの主人公をイメージして、それに成りきる。 それが自然に出来るようになっていた。 そして、1年後、マリコは会社の帰りに、ある居酒屋に寄ってみた。 例の美人女医を演じた居酒屋で或る。 いくらなんでも、お店の店長さんも、あたしのことなんか、忘れてるもんね。 カウンターで、ちょっと一杯やっていきますか。 「お兄さん、まずは生ビールね。」 「はいよ。あれ?ひょっとして、美人の女医さんじゃありませんか。」 「え?覚えてるの?」 「勿論ですよ。美人の事は忘れません。」 「嬉しいわ。でも、あたしね、女医じゃないんです。あれはね、全部、嘘。あたし、あの時は、自分のことを変えたくて、それで、女医になったつもりで飲んでたのよ。嘘も嘘、大嘘だったのよ。」 「そうなんですか。それは残念。女医さんに脈とって貰ったりしようと胸膨らませてたのになあ。でも、何か、前とイメージが違いますね。どこか女優さんみたいなオーラがでてますよ。」 「あら、そう。」 と、ニコリと笑って見せたが、その言葉が、どうにも嬉しかった。 「そうだ。あの時、あ、もう忘れちゃってますよね。あの時、隣に座ってたお医者さん、この店に来ることあるんですか。」マリコは、ちょっと気になってたことを聞いた。 「ああ、桜井先生ですね。そうそう、あれから何度も来て、あなたのことを聞かれましたよ。あなたに会いたがってた感じでした。ひょっとしたら、あなたのことが好きになってしまったんじゃないですかね。でも、2ヶ月ぐらいした時かな、女の人を連れてこられて、目尻下げながら、お酒飲んでましたね。彼女だって言ってました。」 そうなんだ。 あたしのことが気になってたんだ。 残念。 それにしても何よ。 新しい彼女に鼻の下伸ばしてたのね。 まあ、仕方がないか。 あの時は、嘘だって正直に言えなかったんだよね。 でも、今のあたしなら、あれは嘘って、簡単に言えちゃうのになあ。 店を出ると、目の前を黒い猫が横切っていったかと思ったら、マリコを振り返って、ジッと見ている。 「なによ、あたしは女優よ。」 すると、ニャアと鳴いて、ビルの隙間に逃げて行った。 その年のお盆に、マリコは実家に帰省した。 「あれ、マリコ、何か雰囲気が変わったね。」 母親が、すぐに気が付いた。 「そうかな。」 「何か、自信に満ち溢れてるよ。そんな感じ。東京で良いことでもあった?あ、彼氏できたんじゃない。」 「彼氏は、まだ。でも、毎日が楽しいよ。充実してる。」 「そうなのね。じゃ、良かったわ。それにしても、全く別人みたいよ。」 「あのねえ、人って、そんなに変われるもんじゃないわよ。あたしは、あたしだって。ママの子供のマリコだよ。」 「おばあちゃんは、奥の部屋だよね。」 「うん。でも、ちょっと最近、体調が悪くてね。」 おばあちゃんの部屋に入ると、椅子に座ってテレビを見ている。 「おばあちゃん、ただいま。」 マリコは、明るく、耳元で、大きな声で言った。 すると、おばあちゃんは、ジッとマリコを見ていたかと思うと、ポツリと言った。 「あなた、誰?」 マリコは、ビックリして、また言った。 「あたしだよ。マリコ。マリコだよ。」 そう言っておばあちゃんに、顔を近づけて見せた。 「マリコ、、、、。あなたは、マリコじゃない。」 「そんなことないよ、マリコだよ。ほら、ちゃんと見て。あたしよ。」 「マリコじゃない。でも、どこかで見たような、、、。あなた、テレビに出てる人よね。どこかで見た気がするわ。ドラマの人?」 マリコは、急に寂しくなって、もうそれ以上、自分がマリコであることを言わなかった。 おばあちゃんの頭から、マリコがいなくなってしまっていることが悲しかった。 いや、あたしが変わってしまったせいなのかもしれない。 おばあちゃんの頭の中には、マリコはいるけれども、今のマリコじゃないんだ。 たぶん、喋る表情なんかも、おばあちゃんの知っているマリコじゃなかったんだろう。 でも、顔を見たら解るよね。 マリコにしてみれば、嬉しいような、悲しいような、そんな実家の2日間が過ぎ、帰る日である。 「じゃ、みんな、また帰って来るからね。」 「ええ、いつでも帰って来てね。」母親が、寂しそうに言った。 そして、帰ろうかと振り返ろうとした時に、おばあちゃんが言った。 「思い出したわ。あなた、女医さんでしょ。ほら、失敗しない女医さん。あたし、ずっとドラマ見てるのよ。」 マリコは、涙が出るぐらいに悲しかったが、笑顔を作った。 そして、「そうよ。いつもドラマ見てくれて、ありがとう。」と返した。 帰路のJRの列車の中、マリコは考えていた。 自分は変えることが出来ないから、自分の中に、もう1人の自分を作り出して、そのもう1人の自分に、テレビドラマの主人公のようなマネをさせてみた。 あくまでも、実験と言うか、本に書かれてあることを実践しただけだった。 その結果が、あまりにも劇的で、まわりの人がみんな、あたしのことを好きになっていくのが、あたし自身もビックリするぐらいに分かったんだよね。 上司も、同僚も、友達も、ドラマの女優のマネをしているマリコが好きになっていった。 でも、次第にマネをしようと思わないでも、自然に、女優のような行動をすることが出来るようになってきたんだ。 それって、悪いことじゃないよね。 それが、最近になって思うんだ。 本当のあたしって、誰なんだろうってさ。 女優のマネをする前のあたしが、本当のあたしだったんだろうか。 自分に自信が無くて、何が目標で、何がしたくて、何が好きで、そんなこと何も分からない。 分からないことに焦って、本屋で自己啓発や、スピリチュアル系の本を読んでは、変わりたいと思っていた。 でも、変われない自分に、苛立ちのような感情を抱いて苦しんでいた。 あの時のあたしが、本当のあたしだったんだろうか。 でも、あたしは、今のあたしが好き。 だって、みんなに好かれてるんだもん。 これって、変われることが出来たって言う事じゃない。 そうよ、分かってる。 変わったんじゃなくて、ただ、マネをしているだけ。 女優と言う、ドラマの、しかも架空の存在のマネ。 本当のあたしでもなく、変わったあたしでもなく、マネをしてるだけの、宙ぶらりんな存在。 そこに、あたしは存在するのかしら。 そんなことを、マリコは、自分自身を自分自身に説明するために、振り返っていた。 そして、決心をした。 あたしは、このままで行く。 本来のあたしでもなく、あたしを変えるでもなく、ただマネをしてるだけの、存在してるかしてないか分からないようなあたしだけど、それが1番幸せに感じるの。 「おばあちゃん、ごめんね。もう、おばあちゃんのマリコはいなくなっちゃったよ。でも、これがマリコの幸せだからね。」 口をへの字に曲げながら、呟いた。 そして、10年後。 そこにはもう、本当のマリコも、変わることのできたマリコもいなかった。 ただ、100パーセント架空の女優の100パーセントのコピーが、しかりとした実感をもって存在していたのだ。 ある日、マリコが街を歩いている時に、後から声が掛かった。 友人のケイコだった。 「マリコじゃない?マリコよね。久しぶり。」 振り返ったマリコが言った。 「いいえ。あたしは、綾小路公子よ。」 そういったマリ子の目は、キラキラと輝き、近寄りがたい女優のオーラを発していた。
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