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見知った顔がひとつ欠けているので成海が訊ねると、小ナルは素っ気なく奥の座敷を指差してすぐまたお絵かきに精を出す。連れない自分に唇を尖らせつつ、成海は座敷に通じる襖を開けた……が、またすぐ閉じたくなった。
なんせこの店の店主名代が、自身の尻尾を追いかける犬のように同じ場所をぐるぐる歩き回るという奇行の真っ最中だったのだから。
「……何やってんですか、魚ノ丞さん」
「んっ? おおっ、お嬢さん!」
成海の声でようやく正気に返ったのか、彼――魚ノ丞はぴたりと立ち止まった……ものの急に足を止めたものだから平衡感覚が追いつかず、その場で起き上がりこぼしのように痩躯をぐらつかせている。
妙な艶のある白の蓬髪も、真情を窺わせない黒の丸眼鏡も、人をバカにしてるのかへつらってるのか微妙な加減のニヤニヤ顔も、平素とまったく変わりない。ただ一点、業者が部屋に入ってきた飼い猫のような落ち着きのなさをまとわせていること以外は。
「いやすみませんでしたね、朝早くから来てもらって」
「別に暇だから構いませんけど……今日なんですよね、例の見学の日って」
「そう! そうそうそうそう、そうなんでござんすよ!」
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