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忙しなく手を叩いて、魚ノ丞はまたその場をぐるぐる歩き出してしまう。
「旦那に直接お目通りするのはとんと久しいモンでしてねぇ……しかも今回は大事な巫女さんをお預かりするってぇ一大事なもんですから、どうにもこうにもそうにもほうにも落ち着かず、おいら昨日からもう一十百千万十万百万千万億兆回は手のひらに人って書いて呑みこんでる次第でして、いい加減腹ん中から亡者の呻き声でも飛び出しそうな心中陣中無我夢中っちゅう具合でござんす」
「数字の盛り方が小学生レベル……まぁ、吐きそうなくらい緊張してるのは伝わってきました。その〝旦那〟さんって、えぇっと確か……常世にある紙漉き工房の偉い人、でしたっけ?」
こんな夢かうつつかも定かでない話が自分の口から出てきて成海は苦笑しつつも、先日魚ノ丞から受けた説明を思い出していた。
以前から、魚ノ丞はこの雪魚堂を任されている名代なのだとは聞いていた。彼が〝旦那〟と呼ぶのがこの不可思議な紙問屋の店主で、その昔常世で罪を冒した魚ノ丞を庇ってくれたのがきっかけでご恩返しの奉公をしているのだという。
魚ノ丞にとってはよっぽど頭が上がらない相手らしく、今も成海が口にするやいなやピタッと完全に制止し、大仰に手を叩いた。
「そう! そうそう、旦那がその要職に至るまでの紆余曲折を思い返せば涙がそうそう、とまぁそれはまた別の機会に譲るとしてひとまず、今このときに工房を管理なさってんのが正しく正しく流天の旦那なんだが、実際に銀紙をこさえる工程の要となるのは《金糊の命婦》様と言ってね、旦那と並んで常世でも有数のやんごとなき身分のお方なんだよ」
「そんな方を、どうしていらっしゃることに?」
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