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お偉いさんの現場視察、というなら現世にもよくあることなので成海も合点が行くが、魚ノ丞の物言いにはどうにもひっかかりを覚える。だが、それは当の魚ノ丞も同様らしい。
「それがねぇ、おいらにもさっぱり……いやわかるようなわからんようななんですが、ともかく旦那が代替わりして間もない彼女をここに連れてきたいと。んで、研修と言いますか、まぁそんな感じでしばらく預かってほしいと唐突に仰られたんで」
「研修……? あ、みこころうつしのですか?」
雪魚堂の百鬼夜行では、己の情焔をどうにもできず助けを求められたときに執り行う儀がある。それが《みこころうつし》――夜行に集う皆のもので謡い舞い、乱れ吹雪く紙雪に情焔を宿すことで、その情焔の文様をうつしとる。この神秘の業に用いられるのが、常世にて漉き上げられるという《月蝕銀の銀紙》なのだ。
新しく赴任したので、自分の作ったものがどう使われているのか見学しにくる、というなら筋が通っている。と、成海は納得しかけたのだが、魚ノ丞は――いつもカラカラ軟派に笑ってばかりいるこの名代が珍しく芯から困ったように、
「というより……人生の?」
と零したので、成海は「へ?」と間抜けに聞き返すしかできなかった。
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