第1話 

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 それが嘘なのかなのか成海にはわからないし、  わかる必要もないと思っている。  彼女が――人々が、あらゆるいのちが、往き交い暮らすその世界のことを彼は現世(うつしよ)と呼んだ。そして、いのちがいつか終わりを迎えたのちに還りつく場所を、常世(とこよ)であると。そうして、いのちある者は知らず知らずのうちに、そのふたつの世界――常現世(とこうつしよ)のはざかいを夢に見るのだと。  元来、いのちある者が現世から常世へ渡るときは、ある程度流れがある。六文銭の船賃で彼岸へ渡してくれる三途の川の渡し船などはその典型だ。だが、判然とせぬまま現世から常世へ彷徨い至り、そのままいのちの終焉を迎えてしまう者もあり、昨今次第にその数を増やしているという。  そうした人々現世へ戻るための手助けをするための場が雪魚堂、  なのだそうだ。  常現世に迷いこんだ人々は、皆己の胸の裡で暴れる情焔の熱に苦しんでいる。情焔(じょうねん)……自らの想いの焔は生きていくうえで滾らせなくてはならぬものだが、しかし、想いが強ければ強いほど熱は猛り、ときに本人を焼き尽くしてしまうまでに至る。  そんな情焔の唸りに呻吟する人々を雪魚堂は迎え入れ、夜行へ招く。人々は自身の心の殻を化けの皮に変じて被り、妖怪・あやかし・名状しがたきもの等々……つまりは異形の者となり、思い思いにそぞろ歩くのだ。  その中で、何をどうしていてもいい。なんとなく流れに身を任せるのでも、走り出すのでも、あるいは止まるのでも、駄弁っても、黙っても、歌って踊って手を叩くのでも、あるいは殴り合うのでも、泣いてしまうのも、暴れ出すのでも、何をしたって咎められることはない――  他のものもそうであるのを拒みさえしなければ。
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